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Detective Chinguji tokimeki


Episode7



「ここが……葉っぱのビルか……ごっついなあ」

「ああ。まあ、一時は超人ゲーム界のTOPに躍り出た会社やしなあ。これくらいのビル建てる金は稼げとるやろ」

 都内某所、とある大きなビルの前に立って見上げる会長とときめきは、その中へと入っていく前に、そう話し合っていた。

 ここは、『葉っぱ』の東京支社ビル。超先生殺人事件の舞台となった場所である。

 事件から一日。大方の現場検証は終わったが、まだ細かい調査が残っているらしく、警官の姿があちらこちらに見える。

 そんな緊迫した空気が流れる中を、ときめきと会長は、とがめられることも無く、平然と入って行った。

 部外者である彼らがこうして普通に入っていける理由はといえば、Y2yの口利きにより、彼らも捜査協力者として参加出来ることになったからだ。

「おじき、結構、権力あるんやなあ」

 様々な超人キャラの販促ポスターが貼られたビルの中を進みながら、会長は、部外者の自分たちがこうもあっさり捜査に加われたことに、改めて不思議そうに呟いた。

 それを受け、ときめきが『ああ』と答える。

「まあ、おじきも何だかんだ色々な事件解決してきて、警視庁じゃ名の売れた立場におるからなあ。……超人趣味が災いして、上司の覚えが悪いから出世は出来へん見たいやけどな」

「……せつないのう」

「ああ。歯車超人の悲哀や」

 好き勝手言いながら、ときめきたちは、まずは死体発見現場になった、被害者の『超先生』こと、竹林明秀のオフィスにやってきた。

 六畳ほどの室内に、PCデスクと書類棚が置かれたその部屋は、もう警察の調査も済んだらしく、ほとんど綺麗に片付けられ、昨日の凶行の痕跡は残っていなかった。

「はあ、ここがあの『超』の部屋かあ……うわっ、壁に『感感俺俺・リアルリアリティ』とか掛け軸かけてるし……趣味悪っ!」

 ときめきは部屋を見渡しながら、その『超』センスな部屋に、不謹慎ながらゲラゲラと笑いを抑え切れなかった。

 見守る会長も、それを『不謹慎』と咎める事もせず、『ほんまやなあ』と同じように笑っていた。

 とりあえず笑いがひと段落したところで改めて部屋を見渡しながら、会長が、Y2yより受け取った事件の調査書のコピーを取り出して話し始めた。

「超先生は昨日の早朝3時過ぎに、この部屋の真ん中で頭から血を流して倒れているのを、警備中の係員に発見されたそうや。検死の結果は、頭部の一撃でほぼ即死状態。凶器になった古いHDDは、もともとこの部屋にあったものやそうだから、計画的な犯行じゃなくて、発作的なものやろうってことや」

「なるほどな……」

 会長の話を聞きながら、ときめきは珍しく探偵らしい、事件を真剣に思案する表情で、今一度部屋をじっくりと見渡してみた。

 しかし、やはり警察が散々調べつくした部屋に、これ以上、何か新しい発見を求めるのは厳しいようだ。

 ときめきは早々に見切りをつけると、会長を促し、部屋の外へと出た。

「とりあえず、ここを調べてもしょうがないみたいやし……同僚の話でも聞いてみるか。超とうさ君の日頃の関係とかその辺りを調べときたいし、彼の会社での交友関係も洗ってみたいな」

「せやな。そしたら、広瀬……うさ君の所属してた、開発部にでも言ってみるか?」

「そうしよか」

 そうと決めると、二人は通りかかりの人間に道を尋ね、『うさ君』こと広瀬凌が所属していた開発部の部屋へと歩を進めた――



          葉鍵灯が消えぬ間に



                  一章 捜査




「へへ、超人ゲームの開発部って、どんな感じ何やろや?」

「せやなあ、こんなときにあれやけど……結構、興味深いな」

 ときめきたちは、持ち前の超人根性丸出しで、興味津々の様子だった。

 やがて、二人は開発室の、ごく普通な扉の前にたどり着いた。

「さて……上手いこと、話が聞けるとええけどな……失礼します〜」

 呟きながら、ときめきはノックし、返答を待たずにその扉を開けた。

 その途端。

 ダンダンダンダンッ!

「ぬおっ!」

「わっ!なっ、何や!」

 耳を劈くラウドで大音量なミュージックが、まるで全身を吹き飛ばすかの勢いで溢れ出てきた。

 超人ゲームの開発室にはあまりに不似合いなその曲にあっけに取られる二人の前に、更に腰を抜かすようなものが飛び出てきた。

「は〜い、どちらさまですか〜?」

「「……ゾッ、ゾンビーっ!?」」

 突然顔を出したそれを見て、二人は恐怖の悲鳴を上げた。

 白塗りの顔に、赤い血がどくどくと流れて滝を作っている、まさにゾンビか物の怪の類の顔なのだから無理はない。

 思わず抱き合って飛び上がったときめきと会長に、しかしそのゾンビはその見た目と裏腹に苦笑を浮かべながら、至極平然と言い返した。

「ゾンビはないっすよ〜。これ、SLIPKNOTの#1 − Joey Jordisonのコスプレなんですけど」

「「そっ、そんなマニアックなコスプレ知るかーっ!」」

 そこそこ広い室内に、ときめきと会長の悲鳴のような絶叫が響き渡った――



「……で、まあ、君は……そこそこ、うさ……広瀬君と付き合いあったんやな」

 ときめきは気を取り直すように軽く咳払いをしながら、目の前に座る青年――ときめきと会長の強い要望でメイクを落とした、先ほどのゾンビこと、開発部の北風に問いかけた。

「ええ。広瀬さんは、自分の先輩でしたから」

「……被害者の、超先生と彼の関係は……どんな感じやったんかな?」

 続けて、手帳を広げてメモを取る準備をしながら尋ねた会長に、北風は、一瞬、答えずらそうに眉をひそめて、言葉を濁してしまった。

「出来れば……正直に答えてくれへんかな?」

 北風を促すように、穏やかながらも強い意志を込めて言ったときめきの言葉に、北風はまだ気の進まない様子ながら、ようやくおずおずと話し始めた。

「……確かに、広瀬さんと竹林さんは、折り合い悪かったっす。でも、それは竹林さんが悪いんですよ!」

 むきになって言葉を続ける北風に、どうやら、言葉を濁していたのは、広瀬をかばっていたらしいと悟ったときめきは、少しだけど明るい要素が見つかった気がして、ほっとしたような気持ちを感じていた。

 一度喋り始めて火がついたのか、北風の言葉は一気に続いた。

「あの人は……ただ、上の人間が会社に愛想つかして出て行ったから、それで繰り上がっただけで今の地位についたっていうのに……ロクな作品の一つも作ってないって言うのに……自分の地位を威張り散らして、俺達開発部の人間を見下してコキ使うわ……他にも色々と……そんな中、俺達を守って、あの人と真っ向から立ち向かってくれていたのが、広瀬さんだったんです」

「……なるほどなあ」

 『Star Origin』で見る、あの生き恥満載な広瀬の様子からは想像も出来ない、職場での彼の熱い生き様に、ときめきは驚きを感じざるを得なかった。

「せやけど……確かに、そうやって普段から被害者と争ってるところ見られ取ったら、警察が疑うんも無理ないなあ」

 会長が、言い辛そうに濁しながら呟いた言葉に、ときめきはキッと目を吊り上げて、すぐさま叫んだ。

「じゃかましいわい!お前は黙っとけ!いくら普段から折り合いの悪い相手やからって、あいつは殺したりなんか絶対に出来へん男や!」

 そのときめきの言葉に、北風は少し意外そうな顔で呟いた。

「警察が疑うのもって……あなた方、刑事さんじゃなかったんですか?それに、なんだか広瀬さんのこと、ご存知みたいな感じでしたけど……」

 その言葉に、ときめきと会長は顔を見合わせ、北風に自分達の素性を明らかにしていなかったことを思い出した。

「いや、実は俺達は探偵で……警察の現場の人間の許可得て、ちょっと事件調べさせてもらってんねん」

「……広瀬さんの、疑惑を解くため……っすか?」

 説明するときめきの言葉に、北風が期待を込めた眼差しで呟いた。

「……ああ。あいつは……俺の友達なんでな」

 北風の言葉に、ときめきは彼の目を見据え、はっきりと固い決意の言葉で返した。

 それを聞いた北風は、少し興奮した面持ちでぱっと顔を輝かせ、ときめきの手を取って叫んだ。

「自分からもお願いします!広瀬さんは……本当にいい人で……シナリオの才能も凄い人なんです!ぶっちゃけ、あの人が今、うちの社から消えてしまったら、もうこの会社は……」

 北風はそう言いながら言葉を濁して俯いた。

『もうこの会社は……』

 その後に続く言葉は、あえて聴かなくてもときめき達には察しがついた。

 ここ数年、凡作続きで過去の栄光を地に落とし、社内の有力な人材も次々姿を消してしまっている。

 そんな会社に待つものといったら……倒産しかないだろう。

 あの超人ゲー界に金字塔を打ち立てた葉っぱも、そこまで追い込まれているのかと、ときめきたちは世の中の世知辛さに、思わず事件を忘れてため息をこぼしてしまった。

 と、ちょっと沈みかけた空気を吹き払おうと、会長が話を変えるように呟いた。

「せやけど……超人ゲームの開発部って、もっと『いかにも』な感じや思ったけど……意外と、普通っぽいなあ」

 改めて部屋を見渡しながら、会長は少し意外そうな表情だった。

 確かにこの室内は、ところどころ超人グッズや、色々と濃いものがあったが、それでもほとんど普通のオフィスという感じで、100%超人で染まった部屋を想像していたのとは、随分な違いだった。

「あははっ、そうっすね。最近は開発部っていっても、そこまで超人趣味一色の人間ばっかってわけじゃないですし。普通っぽい人も多いし、女性もいるし……中には」

 と、北風は笑顔でときめきたちへ答えたときだった。

「あははっ、そうなんだよ〜」

「ふふっ、もう、フリルったら〜♪」

 突然、開発部の中へ、一人の指名手配犯風の男と、微妙に葉っぱの代表作『東鳩』の人気キャラ、来栖川綾香に似た女の子が、ベタベタと手を繋ぎながら入って来た。

「あっ、フリルさん、おつかれっす!」

 北風が立ち上がり、そうにこやかにその指名手配犯に挨拶した。

 その言葉から、どうやら彼もまた、この開発部の人間らしいと、ときめきたちにもわかった。

「ああ、お疲れっす、北風君。ははっ、実はこいつがちょっと俺の職場見たいっていうからさあ。連れてきちゃったんだ。上司には内緒にしといてな?」

「えへへっ、だって〜フリルの働いてるときの凛々しい姿も見てみたかったんだもん♪」

「ははっ、可愛いな、こいつ〜♪」

「きゃっ♪もう、フリルってば〜おいたしちゃ駄目〜♪」

 その二人のバカップル振りに、北風はさすがに苦笑を浮かべて肯くしかなかった。

 と、北風は、横から漂ってくる負のオーラに、思わず何事かと振り返った。

 そこには……二匹の『鬼』が立っていた。

「ちょ、ちょっとまてやっ!」

 突然、仲良く腕を組んで歩くフリルと綾香(仮称)の前にときめきが血相を変えて飛び出した。

「きゃっ!」

「わっ!なっ、なんっすか!?」

 突然現れたときめきに、二人は面食らって固まりながら叫んだ。

「なんっすかやないわ!自分、ちょっとそれ、おかしない!?」

 ときめきに続き、今度は会長が、同じように鬼気迫る表情でフリルたちに叫んだ。

「おっ、おかしいって?何がっすか?」

「フリル〜……この人たち、な〜に?」

 フリルは、怯える綾香(仮称)を庇いながら、少し引き気味に再び尋ね返した。
 
 そんなフリルに、ときめきが隠れる綾香(仮称)を指差しながら叫んだ。

「きまっとるやろ!自分の、その後ろに隠れてる女の子はなんやねん!」

「なっ、何やねんって……そりゃ、こいつは俺の可愛いスウィート・ハニーですけど」

「きゃっ!もう、フリル〜、そんなにはっきりと言ったら恥ずかしいよ〜♪」

「えへへっ、ごめんね〜」

 ときめきの問いかけに答えながら、再びバカップルな世界へ飛び込みかけた二人を呼び戻すように、ときめきが言葉を続けた。

「おい、虎羅!超人ゲーの製作者足るもんが、彼女を……まして、そんな綾香似の美人なんか彼女にしてええと思ってるのか!?」

「……はっ?」

 予想外のときめきの言葉に、フリルは思わずきょとんと、間抜けな声で尋ね返してしまった。

「あの……探偵さん?それは別に個人の自由じゃ……」

 ときめきのあんまりな理論に、北風も苦笑を浮かべながら異論を挟もうとしたが、それを遮るようにときめきの言葉は続く。

「じゃかましい!超人たるもの、彼女なんかもったらあかんねん!つうか、彼女の居る超人なんて俺はみとめへんわ!」

 あまりにあまりな理論に、フリルと北風は呆然となり、会長は『そうやそうや』と一人納得した様子で肯いていた。

「いや……そんなこと言われても……」

 どう反応すればいいのかさっぱりわからず戸惑うフリルに、背後に隠れていた綾香(仮称)が、ボソッと一言呟いた。

「フリル〜この人、もてないだけのヒガミ君?」

 ……ピキッ!

「なっ、何ぬかしとんじゃ、そこのアマ〜!」

「おっ、落ち着けときめき、さすがに暴力はあかんって!」

「おっ、落ち着いてくださいよ、探偵さ〜ん!」

 痛いところを突かれて怒りをあらわにしたときめきが、発作的に綾香(仮称)に殴りかかりそうになるのを、会長と北風が慌てて押さえた。

「なっ、なんなんですか、あなたは!もう、他所のカップルのことなんて、ほっといてくださいよ!」

「もう、やあねえ、もてない男のひがみって」

 フリルと綾香(仮称)は引きながら、ときめきに対してそんな言葉を浴びせかけた。

「じゃかましい!俺は……俺は、超人の本道を教えてやろうとやなあ!ああ、くっそ!誰か、誰かあの裏切り者に死をっ!」

 会長と北風に抑えられたときめきが、理不尽な叫びを轟かせたそのときだった。

「「待て!そこのバカップル!」」

 ガチャーンッ!

 突然、窓ガラスが割れ、室内に二人の人影が飛び込んできた。

「……なっ」

「……うわあ……ありえへん」

「なっ……なんっすか、あれは」

 ときめきたちは、その二人を見て、思わず絶句するしかなかった。

 一人は大柄で、全身を黒いローブ――神父の服で多い、顔をメキシコのルチャ・ドーラがつけているような覆面で隠し、頭にはパーティグッズでよくある『探偵物語』の松田優作がつけていたようなズラと帽子を被った男。

 もう一人は細身で、同じく覆面を被り、そこからポニーテールな長髪をたらしたイラク民兵風の男。

 揃って、怪しさ百倍だ。

 ときめきたち、そしてフリルと綾香(仮称)が固まる中、二人はゆっくりと立ち上がり、まるで特撮者のヒーローのようなポーズを決めた。

「呼ばれて飛び出てただいま参上!萌えとやうじょと眼鏡の味方!マスク・ド・神父!」

「同じく、宇井ニーとデーモンツールとクローンCDの味方!マスク・ド・民兵!」

 謎のヒーローのように登場を決めた二人だが、呆然とするときめきたちには、その声と外見で、その二人の正体が一目瞭然だった。

「あの……ゴッド、それに雷星師匠、何してるんっすか?」

「……また星元隊長、昼間っから飛ばしてますなあ」

「おっ、お知り合いなんですか?」

 唖然としながら、頭を抱えて二人に声をかけるときめきと会長に、北風が冷や汗をたらしながら尋ねる。

 しかし、その問いかけに答える気力は、二人には残されていなかった。

 というか、それに答えて、この目の前の二人のキティガイと、自分達が知り間という事実を広めたくないという思いが強く作用したと言ったほうが正しいのだろうか?

 とにかく、二人がそんなこんなで言葉を濁している間に、二人のマスクマンは、怯えるフリルと綾香(仮称)に一歩一歩にじり寄って行た。

「なっ、なんだよ、あんたら!」

「フリル……なに、このキティガイ……怖いよ〜」

 怯える二人を、間近まで近づいて立ち止まった神父が、ビシッと突然指で指した。

「そこのお前!」

「なっ、なんっすか?」

 神父に指差されたフリルは、綾香(仮称)を庇いながら、おずおずと答えた。

 そんなフリルに、神父は冷徹な声で言い放った。

「汝、超人の身でありながら、三次元の女子にうつつをぬかす愚か者!超人の『神』に代わって、このマスク・ド・神父と民兵が天罰をくれてやる!」

「その通り!覚悟してもらおうか!」

「なっ、なにを無茶苦茶な!」

「駄目、フリル!この人たち、やっぱりキチガイよ!」

「「いや、神に代わってって……あんたが神やん」」

 ときめきと会長の冷静なツッコミが部屋に響いたところで、事態にはなんら変化は生まれない。

 死刑宣告とともににじり寄る二人の覆面に、フリルと綾香(仮称)は、じりじりと後退し、やがて耐えきれなくなったところで、クルッと後ろ振り返り、二人で手を取り合って駆け足で逃げ出した。

 しかし、それをみすみす見逃すような、甘い二人ではなかった。

「逃がすかーっ!食らえ!必殺、妻みぐい2スラッーッシュ!」

 神父はそう叫ぶと、懐からDVDディスク――妻みぐい2のゲームディスクを取り出し、それをフリスビーのように逃げるフリルの後頭部に投げつけた。

 スカーンッ!

「グアッ!」

「フッ、フリル!?」

 衝撃でディスクが木っ端微塵になるほどの勢いで完璧に後頭部にヒットした衝撃で、フリルはその場に思い切り倒れこんで、ピクリとも動かなくなった。

「はははっ!どうだ私の必殺……って、ああーっ!またノリで投げちゃったよ!ああ、何やってんだ!俺の……俺の香苗〜!」

 高笑いしかけた神父は、その直後、ノリで投げて完全破壊してしまった妻みぐい2のディスクの破片を拾い集め、心の底から後悔するような叫びを上げた。

「「あんた、一回で懲りてなかったんかい!」」

 前にも見たことのある光景に、ときめきと会長は、声を揃えてツッコミを入れた。

 落ち込んでいる神父は、しかし民兵の『それよりも、今は』と言う呼びかけにようやく我を取り戻し、そのまま前方に目をやった。

「フリル……フリル、しっかりして!」

 その視線の先には、倒れたフリルを介抱する、彼女、綾香(仮称)の姿があった。

「ぐへへへへっ……そうだよなあ、ら……民兵。今は、砕け散ったゲームよりも、こっちが先だよなあ」

「まあな」

 涎を垂らさんばかりの神父に続き、民兵が淡々と言い、二人はじりじりと綾香(仮称)ににじり寄っていく。

 フリルの介抱を続けていた綾香(仮称)は、近づく瘴気に気づき、はっと振り向き、自分に近づく二人の超人に怯えた。

「なっ、何をする気なの!」

 悲鳴交じりで叫んだ綾香(仮称)に、神父は『ぐへへへっ』といやらしい笑みを浮かべながら、『決まっているだろう』と答えた。

「それはねえ……我々が、君に本当の超人の素晴らしさを教えてやろうというのだよ。手取り足取りねえ〜」

「そういうことだな」

「ひっ……ひいっ!」

 欲望むき出しで近づく神父と、淡々と何を考えてるんだかわからないけど、恐怖を感じさせる表情で近づく民兵に、綾香(仮称)は、恐怖の悲鳴を上げて後ずさりし始めた。

「……なあ、ときめき。そろそろ、つっこんどかなあかんちゃうんか?」

 余りの展開に圧倒されて呆然としていた会長が、ようやくぽつりと呟いた言葉に、ときめきも、深く大きなため息をついてから、『せやなあ』と呟き、ウンザリした様子で暴走する二人を止めようかと動き始めた。

 と、そのときだった。

 ガチャッ!

「えっ?」

 ボカッ!ボカッ!

「千鶴!」

「楓〜!」

 突然、扉を開けて部屋に入ってきた一人の女性――和音が、振り向いた神父と民兵を、無言のまま金属バッドでKOした。

「……はぁ……お世話がせしました」

 和音は、急な展開に呆然とする一同にそう言って頭を下げると、完全にノックダウンされた神父と民兵をずるずると乱暴に引きずり、足早に部屋を出て行ってしまった。

 何が起こったのか理解出来ない一同は、そのまましばしの間、呆然とするしかなかった――



「……まあ、なんちゅうか……」

「あははっ……ははっ……」
 
 某二人の乱入にすっかりペースを乱されたのをどうにか取り直し、場所を応接室に移してアイスコーヒーをすすりながら、ときめきと会長、そして北風が改めて膝をつき合わせて話し合っていた。

「それで……まあ、あの二人のことは何も聞かないで、とっとと忘れ去ってもらうとして」

「ウィッス!……でも、正直、夢に見そうなんですが……」

「忘れたほうがええて。まあ、野良犬にかまれたとでも思って」

「はぁ……」

 一同は、やりきれない思いを抱いたまま、顔を見合わせて、大きなため息をついた。

 そして気を取り直し、改めてときめきが問いかけた。

「それでやな……会社での、うさ……広瀬君の交友関係とか、その辺りのことをもっと詳しく聞きたいんやけど……会社の中で一番仲良かったのは、君なんかな?」

「はい……自分も後輩として可愛がってもらってましたけど……一番仲が良かったとなると……秘書課の綾部さんじゃないですかね」

「秘書課の綾部さん?」

 聞いたことの無い名前に、ときめきは眉を潜めて尋ね返した。

「ええ。社長の秘書をやってらっしゃる女性なんですけど、広瀬さんとは何かと仲良かった見たいで……それに、ここだけの話、死んだ竹林さん、彼女に事あるごとにいやらしく言い寄ってて、それを広瀬さんが随分と庇ってて……あっ」

 そこまで話して、北風は自分の話したことが、また広瀬が竹林に恨みを抱いているというのを裏付けることになりかねない話だと気づき、『まずい』と言う表情で俯いてしまった。

 そんな北風の表情に、ときめきはあえて何も言わず、その代わりに腕を組んで思案してから声をかけた。

「そしたら……今、その……綾部とか言う人、ここに呼んでもらって話し聞かせてもらうこととか出来へんかな?」

「えっ?ああ、どうですかね……ちょっと、待っててください。今、秘書課の方へ問い合わせてみます」

 北風はそう言うと、机の上の受話器を取り上げて、内線をかけた。

 やがて、電話の相手と二言三言交わしてから受話器を置いた北風は、少し怪訝そうに首を傾げながらときめきに言った。

「話をするのはOKみたいなんですけど……お二人に、社長室へ来て頂きたいって」

「へっ?社長室に?」

 意外なことに、ときめきはきょとんと尋ね返した。

「ええ。今、綾部さんもそっちにいるらしいんですけど、なんか、社長がお二人に話があるとか……俺も、今、秘書課の課長にそう言われただけで、詳しくはわからないんですけど」

 そんな北風の言葉を聞きながら、予想外の申し出に、ときめきと会長は相談するように視線を合わせた。

 しかし、考えるまでも無く、結論は決まっている。今は少しでも情報を仕入れなければいけないとき、申し出を断るわけには行かないだろう。

「よし、わかった。そしたら、俺達、ちょっと言ってくるわ。北風君、色々とありがとう」

「世話になったな」

 二人はそう言って席を立ち上がった。

「いえ、とんでもないっす。……探偵さん、広瀬さんのこと、くれぐれもよろしくお願いしますね」

 真顔になって言う北風に、ときめきは『ああ』と決意に満ちた目で肯いて返した。

 と、そんな時、会長がふと思いついたように尋ねた。

「そう言えば、ここの社長、どんな人なんや?なんか、何年か前に社長変わって新しいのになったって話を聞いたような……」

 その言葉に、北風は何故か苦笑を浮かべた。

「……なんや、どないしたん?」

「なんかあるんか?」

 北風の妙な反応に首を傾げる二人だったが、北風は、

「いえ……ちょっと……なんというか……ははっ」

 と、言葉を濁すだけだった。

 しかし、その表情からは、明らかに身内の恥を隠しておきたいと言うような意図が見え見えだった。

 ……そして、それが間違いなかったことに、二人はすぐこの後、身を持って思い知ることになった。



「理緒〜!理緒〜!触覚マンセー!体育倉庫でGO!GO!GO!」

 豪華な社長室の扉を開いた途端、自分達が見た光景に、ときめきと会長は、そのまま扉を閉め、さっさと家に帰ってリアルワールドにログインしたくなる衝動を、髪の毛一本の線でようやく抑えた。

 目の前に広がっている光景は、それだけ衝撃的だった。

 豪華な社長室一面に張られている、大小様々な理緒のポスター。等身大バスタオル&抱き枕。そして、リアルな等身大理緒人形を抱きしめながら、部屋の真ん中でゴロゴロ転がる、触覚のカツラを被った漢。

 信じたくない……信じたくないが、この部屋に、漢は一人しかいない。

 ……間違いなく、『これ』が、この葉っぱの社長なんだろう。

(そりゃ、北風くんがあんな態度になったのもようわかるわ)

(まあ……これが社長やったら……そりゃ、会社もしょんぼりしてくるわ)

 北風のさっきの態度、そしてここ数年の葉っぱの低迷の理由までもわかったような気がして、二人は微妙に鬱な気持ちになっていた。

 と、そんな二人に、突然声がかかった。

「あの……あなた方が探偵さんでしょうか?……事件を調べてる」

 見ると、そこにはスーツ姿の、京美人と言う雰囲気の大人しいイメージの女性が立っていた。

「あなたは?」

 尋ねたときめきに、女性は『はい』と答えた。

「私は、秘書を勤めています綾部姫と申します」

「ああ、あなたがですか」

 目的である、広瀬ともっとも親交のあった人物だとわかり、ときめきは傍で転がるキティガイを眼中から外して、ほっと一息ついた。

「はい。……この度は、広瀬くんの為に色々とご尽力してくださっているそうで……私からお礼を言うのは変なのかもしれませんが、お礼を言わせてください」

 そう言って丁寧に頭を下げる姫を、ときめきは慌てて制した。

「まあ、顔を上げてください。俺はただ、友達の為にやってるだけですから。それより、ちょっとお話を」

 と、ときめきが話を切り出したとき、耐えかねていた会長が、どうしてもこのまま放置プレイすることが出来ずに声を上げた。

「あの……やっぱり、『これ』が……ここの社長なんでしょうか?」

 会長は、乾いた笑みを浮かべながら、床を理緒等身大抱き枕を抱きしめたまま、絶叫しつつゴロゴロ転がる物体を指差して尋ねた。

「はっ、はあ……まあ……」

 姫は、あまり答えたくなさそうに言葉を濁しながらも、ゆっくりと肯いた。

やはり、これが、葉っぱの社長なんだろう。

「こちらが、家の社長の……ゼルク=マクストルです」

 姫は覚悟を決めた表情で、床で転がる物体を指差して紹介した。

 ときめきと会長は改めてそれを見下ろしながら、二人揃って同じ言葉を脳裏に浮かべていた。

『この会社、もうだめぽ』

 と。

 とにかく、今はこのキティに付き合っている場合じゃない。ときめきは改めて姫の方を向き直って、先ほど途中で遮られた言葉を改めて言いなおした。

「それで、よろしければ広瀬のことについて、色々とお聞きしたいんですが……」

 ときめきの言葉に、姫は『ええ、それはかまいませんが……』と、また言葉を濁した。

「その前に、社長が探偵さんたちに依頼があると……」

 姫が言い辛そうに言った直後、床を転がっていた物体が、急に『かっ!』と目を見開いて起き上がって、ときめきの襟首を掴んで絶叫し始めた。

「ああ〜!探偵さん、お願いだ〜!うちの、うちの社の命運がかかった企画書を……シナリオを取り返してくれ〜!」

「はぁ?」

 いきなりの言葉に、ときめきは訳もわからずに首を傾げるしかなかった。

 そんなときめきの反応にかかわらず、ゼルクは言葉を続けた。

「あいつが……きっと、あの殺人犯が、裏切って持ち逃げしたんだ〜!きっと、うちの天才を殺したのも、あの企画を奪うためで……ああ!あいつはいつから産業スパイなんかに!駄目だ、あの企画を盗まれては、もう、うちの社は倒産するしか……あの名作の続編があぼーんなんて……」

 完全に逝ってしまった目で絶叫し続けるゼルクに、襟首を掴まれたときめきも、見守る会長と姫も、何も出来ずに凍りつくしかなかった。

「頼みます探偵さん〜!あれを……あれを取り戻してください〜!あれがないと、私と理緒たんのハァハァドリームが〜!」

 血の涙を流し、ゼルクが吼えた直後だった。

 ドガッ!

「理緒マンセー!」

 突然、嫌な悲鳴を上げながら、ゼルクはその場に崩れ落ちた。

「……大丈夫か、ときめき?」

「あっ、ああ……すまんのう、会長」

 ときめきは、掴まれていた襟首の辺りを摩りながら、手にその辺りに転がっていた新聞配達のカバンを持った会長に声をかけた。

 見かねた会長が、それでゼルクの後頭部にクリティカルヒットを炸裂させて助けてくれたのだった。

「姫さん、ちょっと乱暴ですいません。けど、今のは……」

 謝罪しつつも苦笑を浮かべる会長に、姫もまた乾いた笑みを浮かべながら、首を横に振った。

「いいえ、今のは……」

 三人は、顔を見合わせ、とにかくまた眠っているキティガイが目を覚まして暴れる前にと、足早に部屋を後にした。



 ――社内の応接間に場所を移し、三人は改めて会談を始めていた。

「さてと……とりあえず、あなたと広瀬君の、関係というか……その辺りを聞かせて欲しいんですが?」

 出されたコーヒーを一口すすって唇を湿らせてから、ときめきはまずはそう切り出した。

「はい。関係と言っても……別に、私と広瀬くんは、その……いわゆる、男と女の関係というのではありませんでした。私にとって、彼は弟みたいな感じで、きっと彼も、私のことは姉のように慕ってくれていたのだと思います」

 姫は広瀬のことを思い浮かべているのか、遠い眼差しで語り始めた。

「彼が新入社員で入ったばかりの頃、たまたま仕事で一緒になって、色々とサポートしてあげたのが縁になって、それからずっと仲良く……彼が、ゲームデザイナーとして、開発部の若手のエースになってからも、何かと機会を見つけては、良く会って、仕事の愚痴とかを話し合う仲でした」

 回想しながら姫が語っている最中、会長が少し尋ね辛そうに口を挟んだ。

「あの……さっき、聞いたんですが、あなたが被害者の竹林に……ちょっかいを出されていたのを、よく彼が庇っていたとか」

 その言葉に、姫は顔を青ざめさせてびくっと震えた後、ゆっくりと肯いた。

「はい……確かにそうです。死人を悪く言うのは余り気が進みませんが……正直、竹林さんは、最低の人間でした。繰り上がりで主任シナリオライターになっただけだというのに、まるで自分の実力でのし上がったみたいに高慢で……それで、社内の女性に、片っ端からセクハラを仕掛けたりも……」

「その犠牲者の一人があなたで……で、広瀬は、それを助けてくれていたと?」

 確認するように言うときめきに、姫はこくっと肯いた。

「ええ。竹林さんが、しつこく付きまとうのを、広瀬くんが身を挺して庇ってくれてたんです。でも、だからって彼が殺人なんて、そんなことするわけが……!」

 興奮したように顔を上気させて叫ぶ姫を、ときめきは『まあ、落ち着いて』と制した。

「わかってます。そう思うとるから、俺たちもこうしてあいつの無実を証明しようと動いてるんですから。で、お聞きしたいんですけど、あいつが姿を現さない理由。それに関して、何か思い当たることありませんか?」

 核心に迫るときめきの問いかけに、姫は暗い表情で俯いてしまった。

「それが……さっぱり。昨日も仕事から帰るとき、特に何も言っていませんでしたし……」

「……そうですか」

 ひょっとしたらと期待していたときめきは、その返答にがっくりと肩を落とした。

「すいません、お役に立てなくて……」

 すまなそうに表情を曇らせる姫に、ときめきは顔を上げて慌てて首を横に振った。

「いえ、とんでもない、ええんですよ。そうか……けど……姫様も何にも知らんとなると……」

 ときめきは腕を組んでじっと考え込んだ。

 一番身近な人間にも何も言っていないと言うと、これはやはり、今回の事件の犯人かどうかは別として、広瀬も何か事件に巻き込まれていると見た方が無難だろう。

 この事件、やはりただの単純な殺人事件とは違うようだ。

 と、ときめきが考えていたとき、会長が思いついたように尋ねた。

「そう言えば、さっき、社長がなにやら騒いでましたけど……企画が盗まれたとか。あれは、どういうことなんです?」

 会長の言葉に、姫は『ああ』と、苦笑を浮かべて呟いた。

「ええ。実は、竹林さんのオフィスから、今度の新作の企画書と、完成していたシナリオがなくなっているのがさっきわかったんです」

「「ええっ!」」

 予想外の大事に、ときめきと会長は揃って驚愕した。

 落ちぶれたとは言え、超人ゲーム界の雄である葉っぱの新作の企画書。何か大きな背景が隠れていてもおかしくないだけの価値はあるだろう。

「ときめき、これはひょっとすると……」

「ああ……その、無くなったシナリオが、今回の事件に何らかの関係が……」

 会長とときめきが、解決の糸口を攫めたような気がして興奮しかけたとき、姫が苦笑を浮かべながら首を横に振った。

「あの……それは、多分……というか、絶対にないと思うんですが」

「「えっ?」」

 姫の言葉に、二人は『なんでですか?』と、きょとんとした顔で首を傾げた。

 姫は、言い辛そうに言葉を濁しながら事情を説明し始めた。

「それが……その企画書、はっきり言って、何の価値もないものですから」

「はあ……なんでですか?だって、新作の企画書だったんじゃ?」

 わけがわからずに聞き返すときめきに、姫は深いため息をついてから話始めた。

「実は、そんな新作の企画が進んでいたなんて、今日、警察の捜査で、社長が無くなった竹林さんの部屋の所持品検査に同行したときに発覚するまで、社内では誰も知らなかったことなんです」

「へえ……極秘プロジェクトやったってわけですな。それなら、尚更価値があるんじゃ?」

 不思議そうに呟く会長に、姫は『その内容が問題なんです』と、苦笑した。

「いったい、どんなゲームの企画だったのか、社長に聞いてみたんですが……『うちの社運を賭けた新作なんだ!竹林君の才能をこの世に知らしめた、あのゲームの続編だったんだ!』って……」

「超先生の才能を世に知らしめた……あのゲームの続編?」

 呟きながら、ときめきは『まさか』と、少し青ざめた表情になった。

「姫さん、それって……まさか……あれの続編ってことでっか?」

 会長も、思い当たるものがあり、恐る恐る尋ねた。

 二人の言葉に、姫は再び深いため息をついてから肯いた。

「はい……誰彼2の……企画書だったそうです」

 ガンッ!

 それを聞いた途端、ときめきと会長は揃ってずっこけて、テーブルに頭から突っ込んでしまった。

 感感俺俺。リアル・リアリティ。超先生が、その破壊的な才能を余すところ無く発揮し、今の葉っぱの衰退の原因にもなった屈指の迷作『誰彼』。

 その『2』を、わざわざ作っていたとは……

「せやけど、そんな企画をなんで……わざと、会社潰すつもりだったんですか?」

 会長が、微妙に失礼だが、そうとしか思えない意見を口にした。

 しかし、姫は『いいえ』と首を横に振ってから、身内の恥を話すのを心底嫌がっているような複雑な表情をしながら、あきらめて呟いた。

「……社長……誰彼のファンだったんです。おそらく、それで、竹林さんと盛り上がって、そんな企画を進めてたんだと思います」

「……なるほど」

 東鳩の中でも、かなりの通好みな理緒たんハァハァという、一風変わった趣味を持つゼルク社長だし、まあ、ありえない話ではないなと、ときめきは苦笑した。

「そういうわけで……話を聞いて、社員一同、その企画書が消えて良かったとほっとしてるんです。もし、そんなものが本当に製作されてしまったら、もう、この会社は取り返しのつかないところまで衰退してしまうのが火を見るより明らかですから……」

「まあ……確かに、そうでしょうな」

 姫の言葉に反論する余地も無く、ときめきは至極納得した様子で肯いた。

「まあ、そういうことやったら、その企画書がいったい何なのか知った上で盗んだっちゅうことはまずなさそうやなあ……ありえるのは、そうとは知らず、ただ葉っぱの新作の企画書ということで盗んだのか、それとも盗まれたわけじゃなく、被害者の竹林がどこかへしまいこんでもうてるだけか……」

 思いつく可能性を推理しながら呟く会長の言葉に、姫は『ええ』と肯いた。

「とにかく、そういうわけなので……もし犯人が企画書を盗んでいたとしても、それをどうにかすることも無いと思いますし……」

「まあ……どうにかしたら、そいつらがあぼーんでしょうからねえ……はぁ……『誰彼2』ねえ」

 改めてありえない企画だと思いながら、ときめきは深いため息をついた。

 会長の言うとおり、それと知って盗む馬鹿は不味い無いだろうが、そうと知らずに盗まれたという可能性は捨てきれない。

 他に手がかりらしい手がかりも無いことだし、やはり、まずはこれを追わなければいけないだろうか。

 だが、盗んでそれを調べ、利用価値が無いと悟ったら、犯人はすぐに証拠隠滅を図るだろうし、果たしてそう簡単に探し出せるものかどうか……

 暗い先行きに、ときめきはくじけそうな気持ちを感じていたが、しかし、友の潔白を証明するためにも引くわけには行かない。

「……とにかく、話はわかりました。正直、情報がまだ少なくてなんとも言えませんが……広瀬の無実は、俺が必ず証明して見せます」

 既にかなりやる気を失った表情になって『ヴァナりて〜』と小声で呟く会長とは打って変わった決意に満ちた表情で言うときめきに、姫は、『よろしくお願いします』と、深々と頭を下げた。

「企画書の方は、出来れば見つけないで……もし見つけても、その場で焼却処分していただけるとありがたいですが……広瀬くんのことは、よろしくお願いします。私も、手を尽くして何かお助けできることが無いか探しますので」

 自分と同じように、心から広瀬の身を案じているのがはっきりわかる眼差しで真摯に訴える姫に、ときめきは『任せてください』と、いつに無く堅い表情で肯いた――

 

「それで、ときめき、どないするんや?」

 葉っぱの社ビルを出た途端、会長がときめきに尋ねた。

「せやな……やっぱり、消えた企画書の行方を探すことから始めなあかんやろ。何しろ、他に取っ掛かりらしい取っ掛かりないしなあ……」

 ときめきは天を仰ぎながら、そうため息をついた。

 正直なところ、もう少し事件の鍵になるような手がかりを見つけることが出来るんじゃないかと期待していた聞き込みで、思ったほどの成果を得ることは出来なかった。

 今回の広瀬の件に関係あるのかどうか定かではないが、とにかくたった一つ見つかった取っ掛かりを執拗に追っていくしかないだろう。

「後は……またおじきの方から手を回してもらって、広瀬の家とかもちょっと調べてみたいな。あいつが何らかの事情でどこかへ身を隠してるんだとしたら、その潜伏先の手がかりになるようなもんが見つかるかもしれへんしな」

「せやなあ……ほな、おじきに連絡とってみるか?」

「ああ、善は急げって言うし……まだ日も高いから、近場で都合いいようだったら、この足で調べに行ってもええしな」

 そうと決まればと、ときめきは携帯を取り出し、早速おじきことY2yの番号をダイヤルした。

 トゥルルル……
 
 わずか一回の呼び出して、すぐに電話は取られた。

『おう、親父、丁度良かった!大変なんだ!』

 ときめきが話を切り出す前に、電話の向こうからY2yの切羽詰った声が聞こえてきた。

「ああ、なんや、おじき、どないしたんや?」

 Y2yの様子に、何だか不穏な空気を感じ取ったときめきは、眉を潜めながら尋ねた。

「おい、ときめき、どないしたんや?なんかあったんか……おい?」

 ときめきの様子に、会長が怪訝そうに声をかけた。

 しかし、ときめきは、電話を耳に当てたまま、呆然とした表情でその場に立ち尽くし、何も反応しなかった。

「おい、ときめき!どうしたんや!しっかりしろや!」

 ときめきの様子に、明らかに何かが起こったと悟った会長は、ときめき肩を掴んで激しく揺さぶり、正気に戻れと呼びかけ続けた。

 その会長の必死の叫びに、ときめきの目にようやくわずかに光が戻ると、その咽喉の奥から、絞り出るような声が聞こえてきた。

「広瀬が……うさ君が……死んだ」

「……なっ!?」

 予想外の言葉に、会長は更に肩を揺さぶってときめきに問いかけたが、しかし、もうときめきはそれ以上反応を示さなかった。

 埒があかないと判断した会長は、ときめきが耳に当てたままにしている携帯をもぎ取り、その向こうにつながっているY2yに、詳しい話を聞くことにした。

「もしもし、おじきか?いったい、どういうことやねん!?」

 会長がY2yに尋ねている間も、ときめきは遠い眼差しで、放心状態のままだった。

「あほな……なんで……なんでや……」

 ときめきのそんな呟きが、青空の下、虚しくこだました――


<次章へ続く>