――新宿の街の片隅に、その店はひっそりとあった。

 カウンターだけの狭い店内は、超人芸無とグッズで埋め尽くされた。超人による、超人のためのBar。

『The Star origin』

「犯人の目星が付いた」
 
 と、言い残して、ひとまず屋敷を後にしたときめきと会長は、まっすぐにここにやって来ていた。
 
「……開いとるな」

 既に開店していることを示すように、由宇がハリセンを持ち、『しのごぬかさず早よ入れや!』とかなり乱
暴な誘い文句が書かれて居る看板に火がともっているのを見て、会長がときめきに声をかけた。

「ああ……まったく……とうとう、ここまで落ちるとは思わなかったぜ」

 ときめきは、看板を見ながら、情けなさを込めて、大きくため息をついた。

 額に超人芸無を貼り付けてひた走る、あまりに見事な漢っぷりの人間など、一人しか居るはずがない。

 そう、この都内一の、超人Barのマスター以外には。

 ときめきと会長は顔を見合わせて合図すると、一斉に店内に踏み込んだ。



 絵本の中みたいに ステッキひとふりで あっというまに大人になれる魔法があるといいのにな〜

 すてきな あなたに 目があうだけでドキドキ クラクラ たおれそう!
 
 大きくなったら何になる? たくさんあって迷っちゃうけど

 やっぱりしろいフリルのドレスを着た かわいいおよめにさんになれ〜♪
 
 

 ……一番危険な超人ソングが大音量で流れる狭い店内のカウンターの中に、目指す人物の姿はあった。

 頭に超人芸無(今日は、先生だ〜い好き♪だ)を貼り付けた、漢前。

 自称『超人労働戦隊』ハグルマンブラック、超人の中の超人、カリスマ超人の名を欲しいままにする、時
代が呼んだ究極超人、『The Star origin』マスター、星元その人だ。

 星元は、険しい表情で入ってきたときめきたちに、怪訝そうな表情を浮かべた。

 元々超人である二人も、この店の常連で顔見知りであるのだが、二人がいつもと違い、あまりに殺気立っ
て居たからだろう。

「やあ、ときめきさん、会長さん、どうしたの、怖い顔して?何、萌えが足りてないんですか?そりゃ駄目
ですよ〜。我々超人にとって、萌えは生命の根源を支えるエネルギーなんですから……そうそう、今日、入
ったばかりの『先生だ〜い好き』良かったらPLAYしてみません……」

 星元が、額につけたCDを差し出そうとしたときだった。

「この……この……痴れ者がーっ!」

 どがっ!

 いきなり、ときめきの鉄拳が、星元の頬を捉えた。

「ぐはっ!」

 星元は思い切り吹き飛んで、背後の超人芸無が山ほど積まれた棚にぶつかった。

「なっ、なにするんですか!?」

「やかましい!自分の胸に聞いてみろ!二次元の中だけに萌えを求めているならまだしも……三次元に浮気
した上に、人様の風呂を覗いたり、挙句にストーキングして、部屋にまで忍び込むなんて……見損なったぞ、
星元さん!あんた、超人失格だーっ!」

 ときめきは、涙を流しながら星元をどやしつけた。

 会長もまた、一歩引いたところから、道を踏み外してしまった仲間を、悲しげな目で見つめていた。

 ときめきの叫びに、やはり思い当たることがあるのか、星元は『うっ』と言葉に詰まって黙り込んでしま
った。

 そんな星元を、ときめきは更に問い詰めた。

「風呂は覗くわ、部屋に忍び込んで、kanonの制服は置いてくるわ……一体、あんたは何を考えてるん
だーっ!見損なったぞ〜」

「ちっ、違うんだ、ときめきさん。これには深いわけが……」

「深いわけってなんだよ!」

「いや、今日、たまたま街を歩いてたら、凄く萌えな衣装が似合いそうな女の子が居たんで、ついつい後を
付けちゃっただけですよ〜」

「「それを、ストーカーって言うんだよ!」」

 星元の弁明になってない弁明に、ときめきと会長のシャウトが同時に響き渡った。

「まったく……いくら、コスプレさせたいからって、留守宅に忍び込んで、衣装を置いてくるまでするなん
て……洒落になってないぞ」

 ときめきはカウンターの椅子に腰掛けつつ、疲れたように言った。

 と、その言葉を聞き、星元が途端にきょとんとした表情になった。

「はっ?留守宅に忍び込む?……あの、俺、そんなことしてませんよ?」

「「はっ?」」

 事件の犯人が明らかになったと、それが知り合いだったことには落胆しつつもとりあえずほっとしていた
ときめきと会長は、それを覆す星元の発言に、思わず声を揃えて叫んだ。

「おい、それはどういうことだよ!?今更、そんな細かい嘘で罪を隠そうとしないでも……」

「いや、マジで違うんですよ!だって、俺、今日の昼、買い物帰りにあそこのお姫様を初めてみて、それで
ふらふらと付いて行っただけなんですから……」

 ときめきの問い掛けに答える星元の言葉には、嘘がないように見えた。

「なんちゅうこっちゃ……ほな、今日のは星元が犯人やけど……今までのは、別の犯人がいるっちゅうわけ
か?」

「……だな。くっ、せっかく解決したと思ったのに〜!」

 会長とときめきは、がっくりと肩を落として呟いた。

「あははっ、なんだか大変そうですねえ〜」

「「お前が大変にしてるんだよ!」」

 人事のように言う星元に、ときめきと会長の怒りのシャウトが同時に響き渡った。

「あははっ……まっ、まあ、落ち着いて、ひとつ『Kanon』でもPLAYして、真琴にハァハァしてく
ださいよ〜」

 星元は誤魔化すように言いながら、カウンターに備え付けられているPCを立ち上げ始めた。

「Kanonってなあ……まして、真琴シナリオなんかやった日にゃあ、落ち着くどころか鬱になるだけな
気がするが……」

 ときめきは疲れたように言いながら、大きくため息をついた。

 解決したと思った事件が、一瞬で振り出しに戻ってしまったのだ、その落胆振りは尋常なものではない。

「はあ……どないするか……?」

「そうだな……」

 ときめきと会長がカウンターに伏し、ため息をついたときだった。

 突然、店のドアががちゃっと開くと同時に、一人の男が入ってきた。

「あはは〜っ、お久しぶりDEATH〜♪おや、どうしました?新年早々、元気無いDEATHね〜?冬の
超人祭の疲れが取れてないのかな?」

 妙に弾んだその声に、ときめきと会長は振り返り、驚愕の表情に変わった。

「あっ、あなたは!」

「吟砂教授!」

 そこに立っていた、全身をゴスロリ服に包んだ男は、超人学の権威、東京秋葉原萌え萌え大学名誉教授で
あり、ときめきたちの知人でもあるこの店の常連、吟砂だった。

「あはは〜っ、お久しぶりですね〜、幻鬼にやってましたか?……マスター、とりあえずレンたんの萌えイ
ラスト一枚お願いします〜♪」

 吟砂は、星元にそう注文しながら、ときめきたちの隣に腰掛けた。

「確か、フランスの大学に、超人学の特別講師として呼ばれてたんですよね?」

 最近、ヨーロッパでも、日本からの数々の超人アイテムの輸出で、超人が急増しているという。そのため
に超人学に対する関心も高まり、そのための講師として吟砂が数ヶ月ほど前に旅立って行ったことを思い出
しながら、ときめきは尋ねた。

「ウィ〜、ボンジュ〜ル♪スリイアァハァハ〜、センマンコリロ〜♪」

 ときめきの質問に、吟砂は微妙にフランス語ちっくな、けど、絶対に違うような言葉で答えた。

「あっ、相変わらず飛ばしてますなあ」

 今までと変わらぬ、見事な超人振りを見せる吟砂に、会長が微笑みを浮かべながら言った。

「勿論DEATH!吟砂の超人スピリットは、この世に萌えとレンたんがある限り、消えることは無いです
よ〜……と、話がそれてしまいましたね。なにやら、お二人とも元気が無いようですが、何かあったんです
か?」

 吟砂は少し心配げな表情で、二人に尋ねてきた。

「ええ。まあちょっと……実は……」

 ときめきは、事の成り行きの一部始終を、吟砂に話して聞かせた。

 吟砂は、ときめきの話を、目を閉じたままじっと聴き、全てが終わるとゆっくりと目を開いた。

「なるほど……超人の怨念が感じさせられる事件DEATHね」

 吟砂の言葉にときめきと会長も同意して頷いた。

「わざわざ部屋に忍び込んで、何も盗らずにKanonの制服だけ置いていくというのが、よくわからない
んだけど……」

 不思議そうに言うときめきに、吟砂が頷いた。

「そうですね〜……超人心理学的に考えると……やはり、それは着て欲しかったんでしょうね、その女性に
その衣装を」

「……やっぱり、そうでっか?」

 吟砂の推理に、会長が少し疲れたような表情で呟いた。

「ええ。わざわざ部屋に忍び込んで、衣装を置くほどですから、その超人の執着心は、恐ろしいものだと思
いますよ。確実に、再び姿を現すでしょうね……これは、その女性の身は相当危険でしょうね」

「やっぱりか……これは、24時間体制で監視しないとあかんかなあ」

「けど、見張ってるだけじゃ埒があかないし、何とか逮捕する方法も考えないと」

 ときめきと会長が思案しているとき、カウンターの中で仕事に戻っていた星元が、ふと不思議そうに呟い
た。

「それにしても、あの狙われてる子も、変わってますね。こんな状況なのに、警護を嫌がってるなんて。普
通、怖くて自分から警護を頼みたくなるような気がするのに……」

 星元のその何気ない呟きに、ときめきと会長の胸中に、改めてその疑問が大きく浮き上がってきた。

「確かに……そうやなあ?」

「ああ。なんでだろうか……」

「う〜ん、なにやらこの事件には、まだまだ裏がありそうDEATHね〜。もう少し、色々と調べた方がい
いんじゃないですか〜?」

 星元から差し出されたレンたんハァハァイラストを見つめながら言う吟砂の言葉に、ときめきと会長はど
うしたものかと顔を見合わせた――



 翌日早々。ときめきと会長の姿を、秋葉原で見つける事が出来た。
 
「さて……この辺りのはずなんだが……」

「しかし、混沌としてるの〜」

 二人は、秋葉原の裏通りを、一枚のメモを片手にある場所を求めて捜し歩いていた。

 そのメモは、昨夜、吟砂から手渡されたものだ。

 人手の少なく、まともに調査や張り込みが出来ないことを嘆いていた二人に、『それなら』と教えてくれた、
秋葉原のアングラを牛耳っている、秋葉原地底街のドンと呼ばれる超人のアジトだった。

 そこで二人は、様々な機器を受け取ることになっているのだ。

 やがて二人は、細い路地の奥の奥、ボロボロのビルの前にたどり着いた。

「ここだな……しかし凄いな。地震どころか、風が吹いただけでも潰れそうだな」

 ときめきは、目の前のあり得ないくらいにボロボロなビルを見上げ、ため息交じりで呟いた。

「ほんまにこんなところに人が住んでるのか?……ありえへんわ」

「だなあ……こんな中に入るのは気が進まないけど……しょうがないか」

 ときめきは心底嫌そうに言いながらも、仕方無しにビルの中へと足を踏み入れた。

 狭い階段に、なにやら訳のわからない電子部品が、殆ど埋め尽くすかのように置かれている、消防法など
一切無視の内部を、地下室へ向かって降りて行く。

 やがて地下三階、最深部にたどり着いた二人は、その奥にある閉ざされたドアの前に立った。

「ここか……秋葉原地底街のドンがいるのは」

「せやなあ……吟砂さんに教えてもらった通りならな」

 二人は目の前の重い鉄製のドアを見つめながら囁きあった。

 やがて、いつまでもこうしていても仕方ないと、二人は意を決し、重いドアをギーッと音を立てながら開
けた。

 途端、中から白い煙がモクモクと押し寄せてきた。

「うわっ!」

「なっ、なんや!?」

 目にしみる紫煙に、ときめきと会長は思わず顔を背けた。

 一瞬、火事かと思ったが、その煙の匂いは煙草のそれであった。

 地下の締め切った部屋で、ひたすら吸っていたが故の、この惨状なのだろう。

「ごほっ!ごほっ!……あっ、ありえへんな……」

「せやな……こんな中に、ほんまに人がいるんか?」

 会長が煙の中の部屋を覗きこんだときだった。

「うな〜?お客さん?」

 と、紫煙の中から声が聞こえて、ガリガリに痩せた、一人の男が出て来た。

「えっと……あなたが、秋葉原地底街の主って呼ばれてる……」

 いきなり現れた男に、少しびっくりしながら恐る恐る尋ねるときめきを見て、男は『ああ』と腑に落ちた
ように頷いた。

「貴方たちが、吟砂教授の言ってた探偵さんたちですか〜。話は聞いてますよ〜。私、タバコと申します、
よろしく〜」

 男はそういうと、懐から煙草を取り出し、それを咥えて火を付け、美味そうにふかし始めた。

 タバコの発する、異様なプレッシャーに少し引き気味になったときめきと会長だったが、時間もないこと
だしと、恐る恐る話を切り出すことにした。

「あの……それで、頼んでた器材は……」

「うな、出来てますよ〜、私が知りうる限り、最高の器材を揃えて作ったんで、きっと満足していただける
と思いますよ……っと……」

 そこまで言った途端、突然タバコがふらつくと、そのまま倒れそうになってしまった。

「うおっ!」

 気付いた会長が、倒れるタバコの身体を慌てて抱きとめた。

「だっ、大丈夫か!?」

 ときめきも駆け寄り、タバコに声をかけた。

 近付いてみてみると、ガリガリにやせ細ったタバコの顔色は相当に悪い、あからさまに『病人』のそれで
あった。

「うな……ちょ、ちょっと眩暈が……さすがに五日絶食すると、死後の世界が見えるな〜」

「五日って……飯食えよ!」

「いや、超人芸無とか、色々なパーツとか買ってお金無いんですよ」

「そしたら、煙草やめて松屋の牛めしでも……」

「煙草も止められないんです〜」

 平然と言うタバコに、ときめきと会長は、その生き様はまさに『秋葉原地下街の主』の名に相応しい超人
だなあと、しみじみと納得していた。

「どうする、ときめき?」

「せやなあ……とりあえず、飯、食わせてやらな、話も出来そうにないし……」

「じゃあ、そこの大通り沿いの点心500円で食べ放題の店にでも連れてくか?」

「だな」

「うな〜……ご馳走になります〜」

 ときめきと会長は、よろよろのタバコを引き摺って、彼に食事をさせるために、ビルを後にした――



 ――色々とあり、ときめきと会長が綾部家の警護につき、それから三日が経過した。

 二人が屋敷に篭りきりになっていることもあり、今のところ、特に新しい動きは無かったが、同時にそれ
は。犯人逮捕の当てもまったく立っていないということだった。

「本当に……まだ、何もわからないんですか?」

「ええ……とにかく、色々と調査はしていますんで……」

「ええ、お願いしますよ……ううっ、早く姫様が安心して暮らせる日を〜」

 屋敷の一階の隅にあてがわれた控え室を催促に訪ねてきたGZMをどうにか追い返すと、ときめきは疲れ
たようにため息をついた。

「執事のおっさんも、そろそろ焦れてきてるみたいやなあ」

「ああ。でもまあ、無理も無いだろうな。未だに犯人の正体がつかめないんじゃ、そりゃ気味も悪いだろう
しな」

 ときめきはそういうと、なにやら器材を前に、ヘッドフォンをつけてじっと聞き耳を立てている会長の隣
に腰掛けた。

「どや、なにか聞こえるか?」

 ときめきの問い掛けに、会長は首を横に振って答えた。

 その返答に、ときめきはがっくりと肩を落とした。

「なんも無しか……やっぱり、持久戦になりそうだなあ……」

 ときめきは懐から煙草を取り出して咥え、火を着けると、紫煙と共にため息を漏らした。
 
 会長が聞き耳を立てているものは、先日、秋葉原地下街の主と呼ばれるタバコに、点心食い放題の昼食と、
焼肉食い放題の夕食を代金代わりに作ってもらった、高性能盗聴器だった。

 二人はこれを、屋敷の人間には一切内緒で、屋敷中到るところに設置した。

 なぜわざわざ隠しているかと言うと、警備をかたくなに拒む姫の態度などから、この屋敷の人間内にも何
かの秘密がありそうな予感が捨て切れず、それも調べるためにだった。

 しかし、この盗聴器を設置してから既に三日が経つが、未だ収穫らしい収穫は一切無く、二人はそろそろ
焦れ始めていた。

「う〜ん、ここまで動きが無いとなると……こりゃ、やっぱり前の侵入事件も、星元の奴が犯人なんじゃな
いだろうな?適当に嘘付いて誤魔化されたんじゃ……」

 ときめきが、超人界随一の極悪超人の顔を思い浮かべながら、疑いの呟きを漏らしたときだった。

「うん?……誰か客やな」

 ヘッドフォンで盗聴マイクの音声を聞いていた会長が、ふと呟きを漏らした。

「客?誰だ?」

「わからん……どうやら、広瀬凌の部屋に行くみたいやな……あっ、廊下でGZMさんと話とる……Dとか
言う名前で……うん、綾部家の主治医みたいやな」

会長は、ヘッドフォンから聞こえてくる内容を、逐一呟いてときめきに知らせた。

「広瀬凌君ところに?ああ、そう言えば彼は身体が弱い言うてたな……定期的に検診受け取るのかなあ?」

 ときめきは、青白い顔をしたあの超人少年の顔を思い浮かべつつ呟いた。

 被害者である姫には直接関係ない、弟の所への来客と言うことで、二人は特に何か収穫があるとは思わな
かった。

 それでも、広瀬凌少年の室内で交わされた会話をずっと盗聴し続けたのは、探偵のカンが何かを訴えてい
たせいだったのだろうか?

 全ての話が終わり、D医師が屋敷を後にしたところで、会長はようやくヘッドファンを頭から外し、ショ
ックを押し殺すように、小さくため息をついた。

「……なんとな……まさか……」

 ときめきも、今、聞いた話が信じられない様子で絶句していた。

「あっ……ありえへん話やな……」

 会長が、やり切れない表情で首を振りながら呟いた。

「……ああ。だけど……これで、全てが納得いったな。留守とはいえ、屋敷の姫の部屋に、何で犯人が簡単
に侵入出来たのか?そして、姫はなんで警備をひたすら拒否したのか……それにしても……まったく、なん
てこった……」

 あまりの事態に、鬱な表情で呟くときめきに、会長も同意するように頷いた。

「ああ。……今の話の感じだと、多分、今日、明日中には……やな?」

「だろうな……見過ごすわけにも行かないし……今日、一つ罠を張ってみるか?」

「罠?」

 ときめきの言葉に、会長は少し怪訝そうな表情で尋ね返した。

「ああ。まあ、罠っていっても、大したもんじゃないけどな……」

 そういうと、ときめきは会長に、自分の思いついた計画を話して聞かせた――



 その夜、姫は一人、自室のベッドで、眠れぬ夜を過ごしていた。

「ふ〜っ……」

 思わずこぼれ出るため息の理由は、言うまでも無い。

 自分の周りを付きまとっているストーカー……いや、ストーカーではない……そう、ストーカーでは…… 

「今夜は……きっと……」

 姫は、胸に過ぎる不安に、表情を曇らせた。

 先日からやって来た二人の探偵のおかげで、ここ数日はその気配も無かったが、今夜は何か急用があるか
らと、GZMが引き止めるのを振り払い、二人とも屋敷を留守にしてしまっている。

 そうなればきっと……あの子はここにやって来るはずだ。

 今までは、何事も無くやり過ごせたが……今日は危ない。今日は、相手も全てを決めに来る。そんな危険
な予感が、姫の脳裏から離れなかった。

「なんで……なんでこんなことを……」

 間違ってる。注意してあげなければいけない。しかし、彼を想う気持ちが、姫にそれをすることを拒ませ
ていた。

 一体、どうしてこんなことに……

 暗い部屋の中で、姫が絶望のため息を零したとき、恐れていたその気配が、ドアの向こうに感じられた。

「っ!?」

 姫は恐怖に身を固くし、布団を頭から被ってじっと息を潜めた。

 このまま、思い直して立ち去って……淡い期待も虚しく、ドアはガチャリと無常にも開かれてしまった。

 ギシッギシッ……

 床の軋む音と共に、気配がベッドで眠った振りをする姫の下に近付いてくる。

「……ハァハァ」

 荒い息遣いが響き、姫はますます身を固くした。

『お願い、もうやめて!』

 と、姫が恐怖を押し殺して叫ぼうとしたその瞬間だった。

「そこまでだ!」

「もう、やめるんや!」

 突然叫び声と共に、部屋にときめきと会長が飛び込んで来た。

「なっ!」

「あっ、あなた方……今日は留守に……」

 突然姿を現した二人に、犯人と姫、両方が絶句して見つめた。

 その言葉に、ときめきは少し悲しげな、自虐的な笑みを浮かべて答えた。

「……犯人をおびき出すために、罠を貼らせてもらったんです。俺たちが居ないとなったら、残された時間
の少ない君は、必ず動くだろうと思ってね……広瀬凌君」

「くっ……」

 ずばりと言ったときめきに、ベッドの脇に立っていた犯人――姫の実弟である広瀬凌が、悔しげな表情で
唸った。

「りょっちゃん……」

 そんな弟の姿を見て、姫は悲しげな目で呟いた。

「姫様が警備を断ったりしたんは、犯人が……弟さんやと知ってたからですね?」

 静かに尋ねる会長に、姫は一瞬言葉に詰まりながらも、こくっと頷いた。

「何ヶ月か前から……夜中、りょっちゃんが私の部屋にそっと忍び込んで来るようになって……でも……誰
にも言えなくて……けど、私が様子がおかしいのに、GZMさんが気付いて、しつこく問い質してきたので、
それで仕方無しに……」

「……ストーカーに狙われてるとでっち上げたんですね。本当の犯人である広瀬凌を庇う為に……」

 ときめきの問い掛けに、姫は訴えかけるような目で広瀬凌を見つめつつ、静かに頷いた。

「りょっちゃん……なんで……私たち、姉弟なのに……」

 悲しげに言う姫に、広瀬凌は真っ青な顔で、静かに首を横に振った。

「違うよ、姉さん……僕は、別に姉さんに襲い掛かって近親相姦マンセーキャホーイなんてことを狙ったん
じゃないんだ……ただ……うっ……ゴボッ!」

 そこまで話したところで、広瀬凌は突然咳き込むと、大量の吐血と共にその場に倒れ込んだ。

「りょっ、りょっちゃん!」

 姫は慌てて飛び起きると、倒れた広瀬凌を抱き上げた。

「りょっちゃん!りょっちゃん!しっかりして……一体、どうして……」

 突然の事態に、涙を浮かべて叫ぶ姫に、ときめきが酷く言い辛そうに、重い口を開いた。

「姫様……弟さんは……広瀬凌君は……もう、生きているのが不思議なくらい、病に冒されているんです」

「なっ……」

 突然告げられた衝撃の事実に、姫は絶句し、腕の中でか細く息を切らす弟の顔を見つめた。

「たっ……探偵さん……どうして……それを?」

 息も絶え絶えに尋ねる広瀬凌に、会長が胸ポケットから小さなマイクを取り出した。

 それは、タバコから受け取り、広瀬凌の部屋や屋敷に仕掛けていた盗聴マイクの一つだった。

「これを、仕掛けさせてもらってたんや……で、今日の昼、君の主治医のD医師との話を聞かせてもろうた
んや……」

 悲しげな表情で言う会長のあとを受けて、ときめきが言葉を続けた。

「今、D医師のところまで行って来て、渋るのを何とか説き伏せて話を全て聞かせて貰って来たよ。広瀬凌
君、もう、君は気力だけで生きてるくらい、身体がボロボロだってね……」

 ときめきの言葉に、広瀬凌は自虐的な笑みを浮かべつつ頷いた。

「そんな……どうして……それなら、どうしてもっと早く姉さんに打ち明けてくれなかったの、りょっちゃ
ん?」

 涙を浮かべながら、非難するように尋ねる姫に、広瀬凌はかすかに笑みを浮かべつつ答えた。

「チエン父さんと母さんが死んだ時の……姉さんの悲しい表情を覚えてて……あんな辛そうな姉さん、二度
と見たくなかったから……ごめんね、黙ってたり、部屋に忍び込んだりして……でも、僕、死ぬ前にどうし
ても……果たして起きたかったことがあるんだ……」

 もう、命の炎が消えかけているのだろう、消えそうな声で必死に呟く広瀬凌の言葉に、姫はその手をしっ
かりと握り締めて頷いた。

「いいの……いいのよ、りょっちゃん!何なの、りょっちゃん、一体、姉さんに何がして欲しかったの?」

 姫が必死に問いかけていると、ときめきが二人に歩み寄り、床に落ちていた紙袋――その紙袋は、広瀬凌
がこの部屋に持ち込んだものだった――を拾い上げて、姫の肩をぽんっと叩いた。

「姫様、詳しい説明は後です。時間が無いです、とりあえず、この中に入っている服に着替えてきてくださ
い。今すぐに」

「えっ……」

 いきなり訳のわからないことを言うときめきに、姫は唖然としたが、その声と表情に宿る強烈な意志に逆
らうことが出来ず、素直に頷くと、紙袋を手に持ち、会長に付き添われて部屋を一旦後にした。

「たっ……探偵さん……」

 力ない声で呟く広瀬凌の手を、ときめきはそっと握ってやった。

「大丈夫だ。俺も超人だ。君が……超人生の締めくくりに何を望んでいるか、聞かなくてもわかってるよ。
さあ、もう少しだ、頑張るだぞ!」

 力強く叫ぶときめきの声に、広瀬凌は嬉しそうにかすかに微笑んだ。

 やがて、ものの五分もしないうちに、会長が部屋に戻って来た。

「会長、どうだ?」

 尋ねるときめきに、会長は頷いた。

「完璧や、びっくりするで……さあ、姫様」

 会長が促すと、『ええ』と、少し恥ずかしげな声と共に、姫がゆっくりと部屋に姿を現した。

「ああっ……」

 その姫の姿を見た途端、広瀬凌の口から、感動の呟きがこぼれた。

 姫は、広瀬凌が持って来た紙袋の中に入っていた衣装――Kanonの制服一揃いを着込み、さらに長い
黒髪を縛ってまとめ、小道具の日本刀を片手に携えていた。

 その姿は、まさにKanonの川澄舞、そのままだった。
 
「ああ……舞……舞……」

 広瀬凌は、床を這いずって、コスプレ姿の姉の下に近付き、その足にすがり付くようにしっかりとしがみ
ついた。

 その姿を見て、ときめきと会長は、なんとも言えない悲しげな表情になった。

 若き人生を終えようとしている超人の最後の願い。それは、自分の萌えキャラの腕の中でその生涯を終え
ることだったのだ。

「りょっちゃん……」

 自分の足にすがりつく弟を見て、どうすればいいかわからないで戸惑っている姫に、ときめきがそっと継
げた。

「姫様……膝枕をしてあげてください……」

「はっ、はい……」

 姫は言われるまま、その場に正座して、膝の上に広瀬凌の頭を乗せてやった。

「ああ……舞の膝枕……ハァハァ……」

 広瀬凌は、感動の涙をうっすらと零しながら、その超人としては至福の感触に、喜びの声を漏らした。

「りょっちゃん……」

「舞……舞は俺のこと……好きだよな……」

 既に意識も朦朧としているのだろう。虚ろな目で呟く広瀬凌に、姫は『どう答えれば?』と、目でときめ
きと会長に尋ねた。

 そんな姫に、ときめきは静かに告げた。

「はちみつくまさん……と、答えてあげて下さい」

 ときめきの言葉に、姫はすぐに頷くと、自分の膝の上の広瀬凌の頭を優しく撫でて上げながら、静かに告
げた。

「はちみつくまさん」

 と。

 それを聴いた瞬間、広瀬凌の顔に、この世の幸せを全て手にしたような笑みを浮かべた。

「ああ……舞……舞……ボキ……もう十分やったよね?もう……もう……ゴールしても、いいよね?」

「えっ?……だっ、駄目!駄目よ、りょっちゃん!まだ……まだ、これからでしょ!私たち……これからも、仲
良く姉弟として……一緒に生きていくんでしょ!?こういう服がいいんだったら、またいつでも着てあげるし、
だから……だから……」
 
 必死の表情で泣き叫ぶ姫に、広瀬凌は穏やかな微笑を浮かべ、静かに首を横に振った。

「ううん……もういいんだよ……ボキ……もう、十分頑張ったから……だから、ゴールするんだ」

「駄目!駄目よ、りょっちゃん!」

 最愛の弟を、必死に引き止めようとする姫の叫びも虚しく、広瀬凌の口から、最後の言葉が静かにこぼれ出た。



「ゴーーーーーーーール」



 ……そして次の瞬間、広瀬凌の全身から、全ての力が抜けた。

「りょっちゃん……?りょっちゃん、ねえ、りょっちゃん!いや……いやーっ!」

 魂が抜け、人形と化した弟の肉体を、悲痛な叫びを上げながら必死に揺さぶる姫を、ときめきと会長は、
やりきれない表情で静かに見守っていた――



「……嫌な仕事を……頼んじまったな」

「……気にするなよ、おじき……報酬は良かったしな」

「せや。おかげで、俺たちもしばらくは飢え死にせんと済むんやし……」

 申し訳なさそうに言うY2yを気遣って言うものの、二人の表情にはやはり重く、苦いものが浮かんでい
た。

 事件に全て決着が着き、今日は萌えの中で逝った広瀬凌の葬儀に参列した後、三人で『The Star 
origin』で、追悼の一杯を酌み交わしているところだった。

 強いラムをガンガンと呷っているときめきだったが、ちっとも酔うことが出来ないのは、やはり今回の事
件の後味の悪さが消せないからだろうか?

 果たして、あれで広瀬凌は満足だったんだろうか?もっと、同じ超人仲間としてやってあげることが出来
たんじゃないか?

 一度考え出すと、その後悔は止まることが無かった。

 静かに、後悔を無理やり臓腑に流し込むようにラムをストレートで呷り続けるときめきと会長に、ふとカ
ウンターの中の星元が呟いた。

「でも……その少年は、幸せだったでしょうね、きっと」

「「えっ?」」

 星元の呟きに、ときめきと会長の声が重なった。

 そんな疑問の呟きに、星元はしみじみと呟いた。

「自分の萌えキャラの下で人生を終える……超人として、これほど素晴らしい死に方はないでしょう?願わ
くば、私も南さんとか由宇の腕の中で死にたいもんです」

「……確かにな……」

 星元の言葉に、自分も雪乃たんや雪希たんや秋葉の腕の中で死ぬ瞬間を想像し、そこにある甘美な喜びに
想いを馳せた。

「う〜ん……確かに、これは漢としては……」

「最高の死に様やなあ〜」

 ときめきと会長は、ハァハァした表情で呟いた。

「ははっ……まあ……超人なら、それもまた本望だな……さて……一杯、超人として本懐を遂げた少年に捧
げるか?」

 苦笑を浮かべながら言うY2yの提案に、ときめきと会長、そして星元はすぐに頷いた。

「それじゃあ、特別のカクテルを作りますよ〜」

 星元はそういうと、シェーカーを取り出し、日本酒、ピーチネクター、卵白をシェイクして、どろりとし
た濃厚なカクテルを作り、それを各自の前に差し出した。

「これは?……見たこと無いカクテルだなあ」

 珍しそうにグラスをみるときめきに、星元がにっこりと微笑んで答えた。

「オリジナル超人カクテル『ミスズ』ですよ。どろり濃厚ピーチ味を意識して作ってみました♪」

「へえ〜っ……さすが、超人の鏡、凝ったもん作るなあ〜」

 会長もグラスを持って見つめながら、感心したように呟いた。

「さて……それじゃあ、追悼の乾杯するか……せっかくだ、星元さん、BGM、舞のテーマにしてやってく
ださい」

「ええ、それがいいですね」

 星元はY2yのリクエスト通り、KanonのサントラをCDプレイヤーに入れると、舞のテーマソング
を流し始めた。

「……萌えの終わりに……」

「超人の死に様に……」

 萌えに殉じた広瀬凌最愛の人の音楽が流れる中、ときめきと星元の音頭と共に、四人は超人カクテルが入
ったグラスを掲げ、静かに打ち鳴らした――



FIN




あとがき


 というわけで、魂血苦笑。一周年おめでとう御座います。

 なにか、形あるものでお祝いをしたいと、お目汚しな拙作をこうして送らせて頂きました(^ ^;

 前回はとりあえず好評だった内輪ネタSS第二弾、いかがだったでしょうか?

 魂血苦笑。の常連人数が激増した故に、登場させる方々が多くなり、えらい分量になってしまい、地獄を
見る羽目になりました(笑)

 ギャグだかシリアスだか中途半端な内容になってしまったような気がしないでもないですが、楽しんでい
ただけたら幸いです。

 それでは、ときめきさん、会長さん。これからも、魂血苦笑。が素敵な超人サイトであり続けることを、
心よりお祈りいたしますm(__)m
 
 一周年、おめでとーっ!

 迷わず逝けよ、逝けばわかるさ!

 どんなに道が険しくとも、笑いながら歩いていこうぜ!


 追伸

 え〜っ、今回名前をお借りした方々各位。

 お気持ちはわかりますが、命だけは許してください。

 特に、広瀬さんと星元さん、ほんまにスマンカッタ!(笑)