父が憎かった。

一時の感情に流されて母を抱いた父が憎かった。

母は病で亡くなる最後の瞬間まで父の帰りを待っていたが、

父は最期まで母の元へ来ることはなかった・・・・。

大國の王である父が来る筈などない。

床に伏す母に何かして欲しい事がないかと尋ねると、母が弱々しく言った。

 

『・・・・・・あの人に会いたい・・・・。』

 

私は父の顔を知らない。

父もまた私の顔を知るはずもないし、気にもかけないだろう。

私が父の顔を知る前に、そして母が亡くなる前に、父は既にこの世を去っていた事を

知ったのはそれから数日後の事だった。

何故・・・・何故私は生まれてきてしまったのだろう・・・・・。

 

 

―― 妹を見た。

腹違いの妹・・・・。

この世で最後の血縁。

なんの感慨も湧かない。

ほとんど他人と何ら変わりはない。

・・・・・・・。

・・・・・・・・・・。

・・・・まだ幼い妹に課せられた重責。

あどけない表情に翳りが映え、弱々しそうに作り笑いを浮かべる妹を見て、心が揺らいだ。

妹よ・・・・せめて私が影でお前を支えていければ・・・・。


 

愛と幻想のふぁしずむ エピソード2(第20話)

クーヤ・シェイカー ―Vol.10―

 


ザザザザッ!!

 

「はぁはぁッ!・・・・まだ追ってくるでおじゃるか!」

 

ヒャヒャヒャッ!コァァァ―ッ!

 

『待ちなさいッ!ハクオロさんッ!!』

 

大音量のスピーカーから流れるエルルゥの殺気がかった声がいと恐ろしい・・・・。

鬱蒼と茂るジャングルの中をクーヤたんを抱きかかえたまま右往左往と逃げ回るが、

カルラの運転するトラックは何処までもまろを追いかけてくる!

っていうか、何で林の中とか川とか追って来れるでおじゃる!?(汗)

 

『あるじ様ッ!!今観念したらまだ100叩きですましてあげますわッ!!

 これ以上逃げるっていうなら・・・・覚悟は出来ててッ!?』

 

ヒーッ!?

100叩きという時点で既に残りの人生を帳消しにすらしてしまう程の痛みを味わいそうなんですが・・・・。

半泣きになりながら走り続けると、突如目の前に巨大な渓谷がひろがった。

 

ひゅおぉぉぉぉぉ

 

「な!?こんなところに・・・・!!」

 

慌てて急ブレーキを掛けると、草鞋からブスブスと煙が立ち上る。

 

「ハ、ハクオロ・・・・もういい加減に・・・・。」

 

抱きかかえたクーヤたんが不安げな表情を覗かせ、そう呟くが

まろはキラーンと歯を光らせた。

 

「大丈夫だ・・・・まろを・・・・信じろ。」 キラーン

 

ギュバァァァ――!・・・・キキィ。

トラックは数メートル先で横滑りしながら物凄いテクニックで停車すると、

ゆらりとカルラとエルルゥが降り立った。

 

「さぁ、あるじ様。クーヤ皇を降ろしてこちらへ来なさい・・・・。」

 

一見無表情のカルラだが、その語気からはめっちゃ怒ってるのが手に取るように分かる。

 

「いや・・・その・・・・カルラ・・・・頼むから見逃してくり・・・・!」

 

余りの恐ろしさにガクガク膝を爆笑させるまろ。

一方、打って変わってエルルゥは目に涙を浮かべて

「うぅ〜!」といった感じでこちらを睨んでいる。

 

「エ、エルルゥ・・・・!?」

 

「・・・・ハクオロさんは・・・そんなに私よりクーヤさんの事が大切なんですか・・・?」

 

うげ!?

ド真ん中直球ストレートな質問に思わず硬直してしまう。

 

「グス・・・わ、私と・・・・・私のお腹の子供を捨てるんですか―ッ!?」

 

「な、なに―――ッ!?」(;´Д`)

 

とんでもねー殺し文句に思わず髪の毛が真っ白になって全部抜け落ちそうになる。

何でまろの周辺にいる女性たちは、こんなにアグレッシブなんだ!?

 

「ハクオロ・・・今のセリフ・・・・どういう意味だ?」 グィィ

 

クーヤたんが能面のような表情でまろの襟首を締めにかかる。

 

「じょ、冗談に決まっているでおじゃろうが!あれはトゥスクル流ジョークでおじゃるよ!!」

 

「酷いッ!男の子だったらシンジ、女の子だったらレイって名付けようって、ハクオロさん、あんなに楽しそうに言ってたのに!」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

最近思うが・・・あのトウカの件以来・・・みんなしてこのネタでまろを苛めるような気がするのだが・・・・・。

ジリジリ・・・・と間を詰めてくるカルラとエルルゥ・・・・。

捕まったら死、あるのみ!

 

「諦めなさい。もう逃げ場はなくてよ・・・・・?」

 

獲物を捕らえるような、キャットピープル状態のカルラが怖いのなんの。

 

「クーヤたん、しっかりまろに掴まるでおじゃるよ・・・・?」

 

そう囁くや否や、まろはすぐ側にあった植物のツルを掴むとその場で回れ右ッ!

 

「え・・・・ハ、ハクオロ・・・・何を・・・・?って、ちょ、ちょっと!キャァァァァァーーー!!」

 

「マンセーーーーッ!」

 

無謀にも渓谷にダイビングするまろ達。

 

「ちょ!あるじ様ッ!?」

 

「ハクオロさんッ!?」

 

ひゅーーーーーーーーーー

物凄い速度でツルがグニーンと伸びていき、次第に地面が近づいてくる。

 

「ハ、ハクオローッ!気は確かかー!?」

 

「俺にまかせろ!この植物のツルは伸縮性があり、非常に強度が高いのだ!」

 

そう叫んでいる間に落下速度は徐々に低下していく。

 

「なっ!大丈夫だろ?バンジージャ○プみたいなもんだ。おっほっほっほ♪」

 

ぶちっ。

 

「ほ?」

 

月(´ー`)y~~
                                 かるら   えるんがぁ
                               煤i´Д`;)  煤i゚ Д ゚;)
                           ―――――――――――――――――
俺の空                    |    |
                    ぶちっ     | 崖
                        |     |
                      まろ   |
                                         (゚∀゚;)  |
                                         (つД`) |
                   くーや      |
      誰彼                    |
       ■                   |
―――――――――――――――――――――――――――地面
        ∧_∧
         < `ш´>
       _φ___⊂)_
      /旦/三/ /|
    | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  | 神
    | 魂血苦笑 |/


                    ヴァナ・ディール

            (゚∀゚)Mausa     (゚∀゚)Cinatora



「きゃぁぁぁぁ!!」

 

「おわーーー!?」

 

一気に落下を始めるまろとクーヤたん。

この高さから地面に叩き落されれば極楽必至!

 

「くっ!致し方ないでおじゃる!!」

 

まろは急いで背中にしょった風呂敷から伸びている赤い紐を引っ張ると、

瞬く間に風呂敷が大きく開かれ「ぱらしゅうと」のような形状になった。

ババッ!

ひゅ〜〜〜〜〜。

急激に落下速度が低下し、空を漂うようにまろとクーヤたんは

木の葉のように落下する。

 

「よっと。」

 

とすん。

優雅に着地を決めた後、再び赤い紐を引くと

大きく開かれた風呂敷が、瞬く間にもとの大きさの風呂敷へと戻っていった。

 

「・・・・・・・・・ぽかーん。」

 

「・・・・・・・あぜーん。」

 

崖の上から呆気にとられていたカルラとエルルゥに対して

まろは懐から扇子を取り出しパッと開けた。

 

「おっほっほ・・・・まろ特製うたわれ風呂敷。

 こんな事もあろうかとこっそりと研究に研究を重ねていたでおじゃるよ。」

 

「こ、こんな事ですって・・・?」

 

上擦った声を絞り出すカルラにニヤリと笑いかける。

 

「國を逃げ出す時用に決まってるじゃん。おっほっほっほ♪」

 

ブンッブンッ!!

 

!?

 

ブチ切れたカルラがそこらじゅうの木を根こそぎ引き抜いては

下にいるまろに向かって投げつけ始めた。

 

「おわー!?」

 

「氏ね!氏んでおしまいッ!!」

 

焼夷爆弾のように大量に降り注がれる木々を必死に避けて

再びまろの愛の逃避行が再開された。

 

「よーし!この先の山を登ればクンネカムン・シケリペチムとの三國不可侵区域に入れる!!

 もう少しだよ!クーヤたん!そこがまろ達のホーリーランドだ!!」

 

「う・・・・・・うん。」

 

心なしか弱々しく頷くクーヤたんを見て、まろは密かに口元を緩ませた。

その直後ッ!!

ギョバァァァァーーーーッ!!

!?

背後に殺気を感じて振り返ると、全身黒装束尽くめの曲者が

「あうとばい」というクンネカムン製2輪走行型移動機械に跨り、

轟音を上げながら猛烈なスピードでこちらに向かってきた。

ギャリギャリギャリギャリ!!

片手に持った刀を地面に擦り、火花を散らせている。

そして、まろ達に近づくと猛然とその刀を振りかぶった!!

狙いは・・・まろの首ッ!!

 

「きゃぁぁ!!」

「クッ!!」

 

ビュン!

紙一重にその刃をかわすと、通り過ぎた「ぶぁいく」(※あうとばいの俗称)に視線を向けると、

ぶぁいくは華麗にドリフトを決めて、こちらに方向転換すると停止した。

 

「な、なにやつ!!」

 

『コーホー・・・・そう簡単に駆け落ち出来ると思っていたで御座るか・・・?』

 

「・・・・・・・。」

 

                            ぶらっくれいん
『某は、通りすがりの武羅津呉陰で御座る・・・・よ、夜露死苦ッ!!』

 

「トウカ・・・何をしているでおじゃ・・・・・・『そ、某は・・・・ぶ、武羅津呉陰で御座る・・・・よ、夜露死苦ッ!!!』

 

ヴォン、ヴォヴォヴォンッ!!

地団駄の代わりにぶぁいくを吹かす、トウカこと自称武羅津呉陰。

・・・・・・・・・またカルラが下らん入知恵をしたな・・・・。

こんな悪趣味な事、トウカでは思いつかないとなると、

出所はだいたいカルラというのが定説でおじゃる。

 

『・・・・・許さないで御座る。』

 

「ほぇ?」

 

『そ、某を捨ててその女と駆け落ちなど、断じて許さないで御座るよ!!』

 

ヒャヒャヒャヒャ!

ヴォォォオオーー!!

再び急発進すると、猛スピードで迫り来る!

 

「やっぱりトウカやんけ!!」

 

・・・・・コチコチコチ。

・・・・・・・・・・ボーン、ボーン、ボーン・・・・。

 

「・・・・・・・・・・。」

 

ほのかな灯にともされた部屋の中でチキナロは目覚めた。

 

「・・・・・・ッ!!(ガバッ)・・・・・・・痛ッ!!」

 

慌てて飛び起きようとすると、肩に激痛が走り悶絶する。

 

「めっ!」

 

突然横から子供の声が聞こえ、チキナロは額をぴしゃっと叩かれた。

視線を横に向けると、アルルゥが「む〜。」という表情でチキナロを凝視している。

 

「ここは・・・・?」

 

「そのまま安静に寝ていてください。ここは私の部屋ですから・・・・。」

 

薄暗い部屋の片隅にあるベッドの上で上半身だけ起こしたユズハが微笑みかけてきた。

 

「貴方は、たしかオボロ殿の・・・・・。」

 

「はい、妹のユズハです。で、その子がエルルゥ様の妹のアルちゃんです。」

 

「むふ〜。」

 

アルルゥは恥ずかしそうにはにかむと、強引にチキナロを床に伏せさせ、

覚束ない手つきで水に浸された手拭を絞ると、チキナロの額に乗せた。

 

「・・・・・・・・私は・・・・そうかハクオロ皇に負けて・・・。」

 

ボンヤリと天井を眺めてチキナロは呟く。

 

「大体の話は兄様から聞いております。クーヤ様は今ハクオロ様が捜索していますので、安心して下さい。」

 

「・・・・・・・・・クク・・・クックック。」

 

「?」

 

「ハクオロ皇も御人好しが過ぎますね・・・・。仮にも私は他國の間者(※スパイ)ですよ?

 そんな男を貴方達だけで介抱させますか・・・。」

 

「おかしいですか?」

 

「呆れて笑いが込み上げてきます。・・・私がその気になれば貴方達を人質にとる事など容易いのですよ?」

 

チキナロの意味深な言葉を聞いても、ユズハは顔色一つかえずに再び微笑んだ。

 

「それは・・・大丈夫だと思います。」

 

「何故言い切れるんですか?」

 

「貴方は悪い人じゃないから・・・・分かるんです、私。目が見えない分、そういうところとか人一倍。」

 

「ユズちー。アルルゥも分かる〜。」

 

アルルゥもニコニコしながらチキナロの髪の毛を引っ張ったりして遊び始めた。

 

「ハクオロ様もそれが分かっているからこそ、私達に任せて下さったんだと思います。」

 

「・・・・・・・・・・・・。」

 

「今は御自分の御体を労わって下さい。私とアルちゃんがついていますから・・・・・・・・・。」

 

チキナロはゆっくりと目を閉じると、再び眠りに落ちる最後に呟いた。

 

「本当に・・・・・呆れた・・・・人達ですね・・・・。」

 

・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・。

 

「ユズち〜、チキチキ、寝ちゃった?」

 

「クス・・・そっとしておいて上げてアルちゃん。」

 

ガララッ

その時、全身ボロボロのオボロがユズハの部屋の扉を開けて転がり込んできた。

ドサァ・・・・。

 

「わ、オボロが死んだー。むふぅ〜♪」

 

そのまま倒れ込んだオボロの上を楽しそうにゴロゴロ転がるアルルゥ。

 

「に、兄様・・・どうなさったんですか!?」

 

「うう・・・ユズハ・・・・。」

 

目には見えないが、オボロの雰囲気を察したユズハが心配そうに声をかけると、

オボロはヨロヨロと上半身を起こして、搾り出すように声をあげた。

 

「あ、兄者が・・・・兄者が・・・。」

 

「ハクオロ様がどうかしたのですか・・・・!?」

 

「ク、クーヤ皇と・・・・駆け落ちした・・・・・。」

 

「な、なんやとーッ!?」

 

ガバァッ!

血相を変えてユズハがベッドから飛び起きると、

ズカズカとオボロに歩みより、ムンズと胸倉を掴むと強引に引っ張り起こした。

 

「兄ちゃま!ど、どういう事やの!?それ!!」

 

「ぐぇぇ・・・・あ、兄者がクーヤ皇と・・・か、駆け落ちして・・・・そ、それをカルラとエルルゥの姐御が追いかけ・・・

 

「な、何でそれを早く言わんねんッ!!どこよ!どこ逃げたんよ!?」

 

「た、多分・・・・國外逃亡するとなると・・・・三國中立地帯・・・・。」

 

「さっさと止めぇや!アホーーッ!!」

 

ぽいっ

とユズハは掴んでいた手を離すと、オボロはベシャと床に突っ伏す。

ドスドスッ!

ムギュ!

 

「ぐぉ!?」

 

そして、更に床にくたばっているオボロを踏んづけながら、ユズハは慌てて外へ駆け出していった。

 

「ユ、ユズ・・・・ハ・・・・・お前、目が見えない・・・・だろ・・・・?」 ガクッ

 

「わ、若様ぁー!?お気を確かにッ!!ドリィ!ど、どうしよう〜若様エレクトしてるよぉ!」

 

「グラァ、と、とりあえずイレッサを投入しよう!」※抗癌剤

 

「ブ・・・・ブラックジャックに・・・・よろしく・・・・・・。」 ビクッビクッ

 

・・・・・。

・・・・・・・・・。

 

キィン!

 

「マジっすか!打ち首狙いでおじゃるか!?」

 

『和樹・・・・じゃなかった。・・・聖上の・・・・馬鹿ぁー!』

 

クーヤたんを安全な場所に座らせた後、

まろは襲いくるトウカの刀をすんでのところで鉄扇でさばいていた。

 

「やめるでおじゃる!トウカ!」

 

『やめないもん!和樹の・・・バカバカバカぁー!』

 

誰よ?和樹って・・・・。

最早駄々っ子と化したトウカは、人の話を一向に聞こうとしない。

 

「だから、人の話を聞けっての!」

 

『そりゃ某はただのエヴェンクルガのパンピーで御座るよ!

 実家は金がないし、家のローンはあと25年も残ってるし、

 父上はハゲで浪人だし、母親はスーパーで毎日バイトで御座るよ!

 いいで御座るよね!クンネカムン皇は若くてピチピチしてるし、

 お金も権力も持ってるから、へーこいてぷーしても全然問題ナッシング!

 毎日プリン食べて、適当に政事かましてても妻がフォローしてくれるし、

 某となんか結婚してもグリコのおまけ程度で御座るよ!!』

 

「うわぁ・・・・何か聞いてはいけない事を聞いてしまったような気がするが・・・・・。」

 

『でも、でも・・・・・聖上を取られるのを黙ってみてるなんてやだ〜〜!』

 

うわーん!と言った感じで再び刀を振りかぶるトウカ。

やれやれ・・・・仕方ない奴でおじゃる・・・・。

キィン!!

ヒュンヒュン・・・・トス。

まろの一閃により、トウカの刀は空を舞い、やがて地面につきささった。

 

『・・・あ。』

 

あっさり自分が負けた事に呆然とするトウカを、まろはグイッと引き寄せた。

 

「いい加減私の話を聞いてくれ。」

 

『・・・・・・・。』

 

トウカが小刻みに震えている事に気付いたので、

苦笑しながら、黒頭巾をゆっくりとめくると、

トウカが涙を零しながらツンとそっぽを向いていた。

 

「ばーか・・・・・聖上なんか・・・何処へでもいっちゃえ・・・・・。」

 

「やれやれ・・・・困った奴だな。まろの護衛ならもっとしっかりしてもらわないとな。」

 

「せ、聖上が某を泣かせているで御座ろ・・・んっ!?」

 

トウカがムッとして文句を言おうとする前に、まろは唇でトウカの口を塞いだ。

 

「・・・・・・んん・・・。」

 

やがてトウカの肩の力が抜けたのを確認すると、

まろはコツンとトウカの額を小突いて苦笑した。

 

「まぁ、そういう直情的なところ、嫌いじゃないんだがな。」

 

「・・・・・・・ほけ〜。」

 

「とりあえず、行ってくるよ。朝飯前には戻る。」

 

にっこりと微笑むと、まろは踵を返して林の中へと消えていった。

 

『ハ、ハクオロ・・・無事だったのか!?』

 

『なぁに・・・武羅津呉陰は健様がしょっぴいていったで御座るよ。おっほっほっほ。』

 

「・・・・・・・・・・聖上・・・・やっぱり・・・ジゴロで御座る。」 

 

― トゥスクル・クンネカムン・シケリペチム三國中立地帯ヴァナ平原 ―

 

3國間の丁度国境沿に位置するこの広大な平原は

1年前のシケリペチム侵攻の数度に渡る多國間協議にて締結された

名目上の不可侵領域であるが、

現実にはこの地域での斥侯達の抗争が耐えず、

また逆に不可侵を利用して闇貿易などが行われるというきな臭い土地でもある。

 

ひゅぅぅぅぅ・・・・・。

北の海から流れ込んでくる風がまろたちの体を吹き抜けていく。

 

「とうとう着いた・・・・まろ達のホーリーランドだ・・・・。」

 

「・・・・・・・これからどうするのだ・・・?」

 

抱きかかえたクーヤたんがまろを見上げると

まろはニヤリとしながら言葉を続けた。

 

「ふふふ・・・・ここには密輸などが行われているのは聞いた事あるでおじゃるな?」

 

「ん・・・あぁ、闇でそんな取引が行われているのは聞いた事があるが・・・・。」

 

「そいつらに金を握らせて、海外逃亡でおじゃる。おっほっほっほ♪」

 

「えっ!?こ、この大陸を出ていくというのか!?」

 

「あーったり前でおじゃる!この島国にいたままではまろ達に安息の日々なしでおじゃる。

 ならば、別の世界へと旅立っていくのは当然の帰結でおじゃるよ。」

 

「う・・・うん。そ、そうだな・・・・。」

 

クーヤたんの表情にますます翳りがさした。

辺境の村でウォプタルを購入し、平野を駆け抜ける事小一時間。

ついに雄大な水平線がまろ達の目の前に飛び込んでき、

とある貿易村が視界に入った。

手綱を握り締め、ゆっくりと高台から村を見下ろした後、

まろはゆっくりと西南に広がる高原を指差した。

 

「あれが・・・・クンネカムンの國境だ。」

 

「・・・・・・・・そうか。」

 

「決心はついているな、クーヤたん。もう後戻りは出来ないぞ?」

 

「・・・・・・・分かっておる。」

 

「いいんだな?」

 

「・・・・・。」

 

しばらくクーヤは黙って何かを考えていてたが、やがてコクンと頷いた。

合意の合図を確認したまろは手綱を握りなおして、

ウォプタルを走らせようとした。

 

―― 現在のクンネカムンの安息の日々は日頃の聖上の努力の賜物で御座います。

―― クーヤさま。せっかくの年末祭ですもの。ちゃんとおしゃれしなきゃ♪

―― クンネカムンの民・・・いや、全ての民族が安心して暮らせる時代がもう間近に迫っているかもしれません。

―― ったく素直じゃないんだから。ベイベー。俺様のコンサート見たいんだろ?・・・はぶしッ!?

 

「ハイヤーッ!」

 

その矢先・・・・

 

「待ってッ!!」

 

!?

クーヤが叫び声をあげて、まろの握り締めた手綱を両手で覆った。

 

「・・・・・・・どうしたんだ?」

 

「・・・・・・・・・・・。」

 

「手を離してくれ。進めないだろう?」

 

まろが苦笑するが、クーヤはうつむいたまま黙っている。

 

「・・・・・・ん。」

 

「ん?」

 

「・・・・・・すまん、ハクオロ・・・・・・。」

 

搾り出すような声でクーヤたんがそう呟いた。

 

「・・・・何故謝るんだ?」

 

「・・・・っぱり・・・・やっぱりそなたとは行けぬ・・・・。」

 

「何故?」

 

ひゅぅぅぅぅ・・・・・・・。

大洋からの潮風が流れ込むなか、そのまま立ち往生する2人・・・・・。

 

「余は・・・・余はやっぱり・・・クンネカムンの皇だ・・・・・。」

 

「・・・・・・・・・・・。」

 

「今、ここで國をおいて自分だけ逃げる訳にはいかない・・・・・。」

 

「いい加減自分にそういい聞かせて誤魔化すのはやめたらどうだ?」

 

「違うッ!」

 

目に大粒の涙を浮かべてクーヤたんはまろを見つめた。

 

「そんなのじゃ・・・・ない!」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

「確かに・・・余は己の立場に嫌気がさしていたのは事実。

 だけど・・・・・・余は・・・・・余は・・・・・。」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

「やっぱり・・・・余は・・・いいえ、私は・・・あの國が・・・・好きなの・・・・・。」

 

ツゥと頬に涙を流しながら、クーヤはこれまで見せた事もないような可愛らしい微笑みを浮かべた。

それを見て、まろは満面の笑みを浮かべながら再び西南の高原をゆっくりと指差した。

 

「ほら、見てごらん。」

 

ゆっくりと振り返るクーヤの表情に驚きが浮かび上がった。

高原にはサクヤやゲンジマル。ヒエンやハウエンクァなど大勢の人間が立ち並んでいたのだ。

 

「クーヤさまぁーーーー!!」

「聖上ぉぉーーー!!」

「クーヤ様ッ!!」

「オゥ!ベイベーッ!さぁ俺の胸に戻って「お前は黙ってろ!!(バキッ!!)

 

わぁぁーーーーー!

みなの声が風に乗ってまろ達の耳まで届いてくる。

 

「こ、これは・・・・一体・・・・!?」

 

「みなクーヤを心配して迎えにきたのさ。ったく、無茶をしてくれる。

 シケリペチムに気付かれれば色々と面倒な事になるのにな。」

 

そう言ってまろは苦笑する傍ら、クーヤたんも肩を震わせながら呟いた。

 

「ほんと・・・・バカモノばかりだ・・・・・・。」

 

「・・・歩けるか?」

 

「・・・・・・・。」 コクン

 

まろはウォプタルからクーヤをゆっくりと降ろすと、

クーヤは片足を引き擦りながらも、一歩、また一歩ゆっくりと前へ前へと進んでいった。

それを見たサクヤやゲンジマルが一目散にこちらへ向かって走り寄ってくる。

 

「・・・・・・・・・・そうだ。頑張れ。クーヤ。」

 

クーヤとサクヤ達の距離がじょじょに縮まっていく。

そして・・・・ついに、その差が1間程になった時、クーヤが突如体勢を崩した。

それをすかさず抱きかかえたのは、サクヤだった。

 

「お帰りなさい・・・お帰りなさい!クーヤ様・・・・!!」

 

「サクヤ・・・・・・ごめん。余の・・・いや私のわがままで心配かけてごめん・・・・。」

 

「クーヤ様ぁ〜〜〜。」 ぶわぁ

 

サクヤが涙で顔をグシャグシャにさせながらクーヤ様をぎゅと抱きしめた。

その2人をゲンジマルが優しく自分の着ていた風除けで包み込んだ。

 

「ゲンジマル・・・・。」

 

「聖上・・・・御待ちしておりました。」

 

「すまない・・・・余は・・・・・。」

 

「何も言わなくて良いです。此度の件は某の責任で御座いま・・・・

 

「・・・・・ゲンジマル・・・もうよい・・・お主も何も言わなくてもよい・・・・。」

 

クーヤはそう言って微笑んだ。

 

「ただいま、みんな。」

 

「お帰りなさい!クーヤ様〜!」

 

「聖上・・・お帰りなさいませ。」

 

じょび〜ん♪

 

感動のシーンの後ろでハウエンクァがギターを弾き鳴らす。

 

「フフッ、ラストにふさわしい・・・・まさに俺の為に用意された最高の舞台だ・・・・・。」

 

「・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・。」

 

「逝くぜ!俺の新曲!『ヴァナッ!H・A・I・J・I・N』ッ!!」

 

ジャカジャカジャカジャカッ!♪

 

「シ・ナ・ト・ラー〜〜!うぉううぉう〜!挑発、ミスー!!

 マ・ウ・サは〜〜!わおわお〜〜!みしゅらがスキー!!

 

ス・・・・

ハウエンクァの背後にヒエンがそっと佇み次の瞬間、

 

ボキッ!

 

「たむらきよしッ!?」

 

あっという間にチョークスリーパーを決めると、そのままハウエンクァの首をへし折った。

 

「申し訳御座いません。このゴミを捨ててきます。」

 

ヒエンはそう言って一礼した後、ぐったりとするハウエンクァを引き擦っていった。

まろはそんなクーヤたん達の様子をウォプタルに背もたれながら眺めていた。

 

「さてと・・・・そろそろエルルゥの朝食を食べに帰るとするかな・・・・。」

 

そう呟いて、ひっそりとその場から去ろうとした直後、

 

「ハクオロ皇・・・。」

 

背後からゲンジマルに呼び止められてしまった。

 

「黙って帰ってしまわれるとは、相変わらず御人が悪い。」

 

「ちっ、去り際くらい格好をつけさせて欲しかったんだが・・・・。」

 

ガリガリと頭を掻きながら思わず苦笑する。

 

「ハクオロ・・・・・帰るのか・・・・?」

 

ゲンジマルに抱きかかえられたクーヤたんが少し寂しそうな表情を浮かべた。

 

「あぁ・・・・流石にもう帰らないと命が危ないからな・・・おっほっほ・・・・。」

 

ちょっと半泣きのまろに対し、ゲンジマルは深々と頭を下げた。

 

「ハクオロ皇・・・・此度の件、誠に・・・・誠に申し訳御座いませぬ・・・・・。」

 

「ふ・・・気にするな。私も好きでやった事だし、何より楽しかったぞ。」

 

「・・・・・・・・また一つ、借りが出来ましたな・・・・。」

 

ゲンジバルはそう言って微笑むと、改めて頭を下げた。

 

「よすでおじゃるよ。まろは愛しのクーヤたんの為に人肌脱いだだけでおじゃる。」

 

「ハクオロ・・・・・・。」

 

クーヤたんはゆっくりとゲンジマルから下ろしてもらうと、

まろに歩みより・・・・そして・・・・

ちゅ

突然まろの着物を引っ張って顔が下がったところに不意打ちキスをかましてくれた。

 

「・・・・・・・・・ほ?」

 

あっけに取られていたまろの鼻っ柱を軽く指で弾くと、

クーヤたんは頬を赤らめながら、

 

「ますます余は、そなたを夫として欲しくなったぞ・・・。」

 

「・・・・・・・・・・・。」 あっけ

 

「いずれまた会おう!ハクオロッ!」

 

そう言うと、クーヤたんはちょこんとゲンジマルの抱き上げられ、

クンネカムンの一団の元へと戻っていった。

 

「・・・・・・フッ、一杯食わされたか・・・。」

 

まろは微笑を浮かべながら踵を返し、ウォプタルの手綱を握ろうとするが、

・・・・・・・ウォプタルがいないっ!?

 

「あ、あら!?さっきまでここに居たのに・・・!?」

 

ざわざわ・・・・

 

「・・・・探しものはこれですか?」

 

!?

 

エルルゥのドスの効いた声で横に振り向くと・・・

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃ!!」

 

ウォプタルの手綱を握り締めたエルルゥに、カルラ、

果てはウルトリィまでが降臨しているでおじゃるではないか!?

 

「ハクオロ皇・・・・話はカルラから伺いましたわよ?」

 

にっこりと恐怖の営業スマイルを浮かべるウルト。

 

「いや・・・その・・・こりはだなぁ、まろの深い深い優しさが・・・」

 

「私が収穫祭の司祭を受け持っている間に・・・・随分と御はしゃぎになったようで・・・・。」

 

聞く耳なしお。(つД`)

無表情のカルラがそこで祭りの始まりを継げた・・・。

 

「さぁ・・・あるじ様、お仕置きの時間だ。」

 

「ひー!!リンチ反対ーーー!!」

 

カクカクとエレクトしながら、慌ててまろは逃げようとするが・・・・

反対側から見覚えのある人影が・・・・。

 

「見つけたーーーー!!」

 

何故がそう叫びながらユズハが向かってくるではないか・・・・。

 

「見つけたーーーー!!」

 

ズカズカ

 

「ひぃぃぃぃ!!」

 

ムンズ

あっという間にユズハに引っつかまれ、その場でサブミッションを喰らうまろ。

 

「・・・・・・ぜ、ぜんッ・・・・ぜん動けない・・・・ッッ」

 

泣きそうになりながら叫ぶまろに向かってジリジリとにじり寄る

とてもとても強そうな女3人組・・・・。

 

「いゃぁぁぁぁぁ!!!ゆ、許してぇぇぇぇぇーーー!!!!」

 

 

 

 

 

ハクオロは死んでしまった。
→ホームポイントに戻る
 残り時間 59:59

 

 

 

 

 

 

― 数日後

 

「あいてて・・・・あいつら少しは加減しろでおじゃる・・・・。」

 

集中治療室で生死の境を彷徨った後、

ようやく戻ってこれた自分の部屋で、まろは酒を呑みながらそう愚痴た。

 

「・・・・ま、これでようやく一件落着だな。」

 

そう言いながら微笑を浮かべて、再び杯に酒を注ぐ。

まろの御飯を作ってくれなくなったエルルゥの機嫌を

どうやって直そうかという大きな課題が残ってはいるのだが・・・・。

・・・・コンコン

窓を叩く音が聞こえたので、まろはゆっくりと立ち上がった。

カルラだろうか・・・?

 

「まぁいい。まずはカルラの機嫌取りからするでおじゃるか。おっほっほ。」

 

そう呟きながら、窓にかかった木戸を外すと・・・

 

「こんばんわ、ハクオロ皇。」

 

ぬっと窓から顔を出したのはなんとチキナロだった。

 

「ぬぉっ!?な、何の用でおじゃるか!こんな夜更けに。まろは男に夜這いされるおぼえは・・・。」

 

「夜分恐れいります。実はクーヤ様の事でちょっと・・・。」

 

「ぬ?クーヤがどうかしたのか・・・??」

 

「えぇ・・・ちょっとへそを曲げてしまいまして・・・

 そこでハクオロ皇に協力して頂きたく存じまして、はい。」

 

そう言ってニヤリとすると、チキナロはパチンを指を鳴らす。

すると、複数の黒装束の人間が他の窓から忍び込んできて、

まろの体を押え付け、拉致リングを始めた・・・・。

 

「おわわ!?ちょ、ちょっと!まろにも都合というものが!!」

 

人の言う事はシカトで、連れ去られるまろ・・・・。

トゥスクルの夜の森に、まろの悲痛な叫びが響き渡る・・・。

 

「まろの人生をこれ以上シェイクしないでくれぇぇぇーーーー!!」

 

                           ユカウラ
あぁ・・・もう一度あの子守唄を唄ってくれ・・・。

 

 

愛と幻想のふぁしずむ エピソード2

クーヤ・シェイカー 完

 

 


次回予告

「ってゆーか、何か俺の扱い最近酷くない〜?

 もう超ムカツクってゆ〜か〜。」

「はぁい♪ボロボロ。どったの?」

「あ、聞いてくれよ、ハウ〜。俺、塩キャラ扱いされてムカついてんだよぉ!」

「え?だって、本当に塩キャラなんだから仕方ないじゃん。」

「・・・・・・・・・。」

「ってな訳で次回予告だぜ、ベイベー!じょび〜ん♪」

 

― 愛がある

― 哀しみもある

― しかし

― 陵辱がないでしょッッ!!


「私とやらせなさい。」

 

中々振り向いてくれないハクオロに対して

ついにクライング・ベイベー・ユズハが怒る!

 

「捕まえたーーーッ!!」

 

そして兄貴のオボロは・・・・

 

「「若様ーーッ!」」

 

「ええねん・・・どうせ、ワイは結婚でけへんねん・・・。」

 

「「僕達女の子になっちゃいましたーーッ!!」」

 

「な、なにぃぃぃぃ!?」

 

 

次回、愛と幻想のふぁしずむ エピソード3!

「逆襲の殺ァ」 お楽しみにッ!