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「はい。どちら様でしょうか?」

一足先に玄関に来ていた俺はそう言ってドアを開けた。

そこに立っていたのは・・・・



「おはよう御座います、奈良橋さん。」

そう言ってにっこりと微笑んだ久美子さんだった。

「どうもおはよう御座います。久美子さん。」

つられて俺も微笑んで挨拶を返した。


Natural2−DUO−

Fly us to the Moon

第2話 「雪解け、春来たる」



この落ち着いた感じの女性は久美子さん。本名 端本久美子 年齢不詳の未亡人

確か俺より若かったはずだが、空に言わせればどちらが大人か一目瞭然らしい。(もちろん俺が子供だ)

端本家とは籐平のじいさんの代からの付き合いがあるそうで、隣の屋敷に両親と久美子さんの3人

で住んでいる。

ちなみに現在俺たちが住んでいるこの屋敷は端本家のもので、久美子さんはいわゆる大家さんだ。

亡くなった旦那さんを一途に思いつづけて、でも前に進むために勇気を出して歩みだした、

そんなけなげで強い久美子さんは、俺にとって千沙都や空と同じくらい大切な人だ。

「あら?もうお出かけなんですか?たしか9時半頃家を出られると聞いていたんですが・・・」

そういって久美子さんは頬に右手を当てかすかに考え込んでいるようだ。

左手には大きなバスケットを抱えている。

しかし、何故久美子さんが今日のことを知っているのだろう?

「え?久美子さん今日のこと知ってるんですか?」

「はい。昨日千沙都さんから伺いまして・・・千沙都さんに是非ご一緒にと頼みまして。

 私も籐平さんには小さい頃からお世話になりましたから。」

「そうですか。久美子さんが来てくれるなら、あのじいさんも喜んでくれますよ。」

「ふふ・・・私は奈良橋さんが来てくれる方が、籐平さんは喜んでくれるとおもいますよ。」

「はははは。そりゃありえないですよ。顔見ればボンクラだの悪ガキだの言われてましたからね。

 それに死に目にも会えなかった。」

「でも、私に貴方の事を話してくれた籐平さんは、いつも微笑んでいらっしゃいましたよ。

 千沙都さんや空さんと同じくらい貴方のことを愛されていたんですよ。きっと・・・」

「久美子さん・・・」

そう言って優しく微笑んだ久美子さんは俺にはとてもまぶしくて・・・・

なんだか気恥ずかしくなった俺は苦笑いを浮かべ、話題を変えることにした。

「じゃあ今日は久美子さんも一緒なんですね・・・まいったな。弁当が足りないや。」

「あっ、それなら大丈夫ですよ。あまり上手じゃありませんがサンドイッチを作ってきましたから。」

 そう言って久美子さんは左手で抱えているバスケットの中身を教えてくれた。

「またまた、何言ってるんですか。久美子さんの作るご飯、おいしいですよ。毎日でも食いたいぐらいだ。」

「ふふふ・・・お上手言っても、今日はサンドイッチしか出ませんよ?」

「えぇーーーーー。そうなんですか?残念だなぁ。今日はチョコはなしですか?」

「ふふふふ・・・」

・・・・やっぱ久美子さん・・・笑うと綺麗だな。

今日は良い一日になりそうだ。

「しっかし、あいつらおせぇーなぁ」

「ふふ、女性はおめかしには時間をかけるものなんですよ。」

「はぁ。そんなもんですかねぇ。」

「そうですよ。女の子はいつまでも、好きな人の前では一番綺麗でいたいんですから。」

「ははは、じゃぁ久美子さんもそうなんですか?」

「さぁ?どうでしょうね。奈良橋さんの目にはどう映っていますか?」

「えっ?」

「綺麗に映っていますか?」

「・・・もちろんですよ。久美子さんはいつだって綺麗です。」

なんとなく言葉が無くなってお互いに気恥ずかしくなってきたとき、空いていた玄関のドアから

桜の花びらが舞い込んできた。

「・・・あっ?桜が。」

「表の木のでしょうか?」

「見に行きますか?」

「はい。」

屋敷に寄り添うように立つ桜は、じいさんがずっと大切に育てていた、

10年前千沙都が枝を折ろうとしたあの桜だ。

あの頃よりもずっと大きく成長し、たくさんの花をつけるようになった。


「・・・きれい。」

久美子さんはそう言って桜の幹に触れた。

「奈良橋さん。」

「はい?」

「私ずっと貴方にお礼が言いたかったんです。」

「え?」

「あの人への想いが胸の奥で凍り付いて、私の心に万年雪が積もって・・・いくら季節が変わっても

 いくら歳をとっても、もう人を好きになることなんて無いと思っていました。」

「・・・・・・・・」

「でも貴方に出会って、万年雪がだんだん小さな雪のかたまりになって・・・

 初めはそれがとても怖かった。あなたと話していると、貴方と一緒にいると、あの人が亡くなった日に

 無くした暖かい気持ちを感じるようになりました。悲しかった事も、嬉しかった事も、あの人と過ごした

 日々を忘れてしまうくらい・・・でもそれじゃ、あの人への思いが嘘だった事になるようで・・・

 それでも前に進むには振り返れなくて・・・

 そんな時に貴方は言ってくれました。

 『忘れる必要はありません。あの人の想い出も含めて全部、今の久美子さんなんだから』

 私はあの言葉に救われました。凍っていた時がまた、動き始めたんです。」

「・・・久美子さん」

「だから改めて言わせてください。翔馬さん、ありがとうございました。」

「・・・初めて名前で呼んでくれましたね。」

「はい。今からです。もっともっと貴方に近づきたいから。

 この桜の様に、心を貴方でいっぱいにするんです。」

そう言って微笑んだ久美子さんは、俺が知っているどの久美子さんの笑顔よりも綺麗だった。


久美子さんから思いを告げられた俺は、正直な今の気持ちを話した。

千沙都も空も久美子さんもみんな俺にとって大切な女性です、誰が欠けてもだめなんですと・・・

久美子さんからの答えはこうだ

「そんな貴方だから好きになったんですよ」

その一言は、今度は俺を救ってくれた気がする。



「おーい。千沙都ぉ〜空ぅ〜まだかー?」


俺は桜の下から二階の千沙都の部屋に向かって声をかける。

「久美子さんがきてくれたぞー。」

すると二階からバタバタという慌てた足音と一緒に返事が返ってきた。

「えっ?久美子さんもういらしてるんですか?ほら空はやくしないと。」

「ちょっと待ってよ千沙都。ごめんね久美子さん。兄貴、久美子さんと先に車で待ってて。」

「おー。んじゃ先行ってるぞー。つうわけで久美子さん。先に車に行ってましょうか。」

「はい。」

俺達はゆっくりと車に向かった。桜の木に見送られて。





つづく