軽い頭痛を覚えつつ、冬弥はまどろみの中から目覚めた。
「・・・・・痛・・・・。」
どうやら酒を飲んでそのまま眠りこけてしまったらしい。 身を起すとテーブルの上には空のウィスキーボトルが転がり、 灰皿には無数の煙草の吸殻が敷き詰められていた。 視線を移すと部屋の時計の針は11を指している。 気だるい体を引き摺り、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、 一気にそれを飲み干して溜息をついた。
「・・・・・あ。」
そこでようやく冬弥は思い出したかのように テーブルに置かれていた携帯端末の電源をONにする。 昨夜のミッション前から電源をOFFにしてた事に気付き、しまったとばかり顔をしかめつつ ボタンを押して確認してみると、案の定、由綺からのメールが着信していた。 ―― ヴン ホロ画像で由綺が浮かびあがる。
『え・・・と。冬弥くん、携帯の電源OFFだったから 家の方にも伝言残しておいたんだけど・・・・晩御飯、良かったら一緒に食べよ? ・・・・多分予定では17:30には終わると思うから、またその時間帯になったら・・・・・・
由綺のよく耳に透る優しい声に、先程までの殺伐とした心が静められていく。 メールを確認した後、携帯をソファに放り投げ浴槽へと向かった。 シャアアアア・・・・・。 熱めの湯が彼の身体に降り注ぐ・・・・。 目を閉じると昨夜の鮮血に塗れた少女の顔が脳裏を巡る。 たまらず俯き、排水溝を見つめながら軽く舌打ちした。 ・・・・自分の体に刻まれた一つの深い弾痕。 そして・・・幾つもの銃創。由綺を抱けない理由。 黒鴉といえど、無敵ではない。 危険な任務は確実に己の体に傷痕を残す。 由綺と付き合い始めて1年が経とうとしているが、 愛情行為を避け続ける冬弥のあやふやな態度に対して、 由綺は不思議と今まで何も言おうとはしなかった。 結果として、それが今までのお互いの関係を保ってこれたのだが。
「・・・・・・流石にそろそろ・・・呆れられてしまったのかな。」
シャァァァァ・・・・・・。 ・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・。
2038年、冬
「ゲェッ!!・・・・・ゴホッ!・・・ゴホッ!!」
―― まただ・・・また急に胸糞が悪くなりやがる・・・・・。 再び襲い掛かる嘔吐感に、冬弥は口元を押さえながら路地裏に腰を下ろした。 ―― 今日は何人だったか・・・8人・・・? 今回の任務は若干いつもより相手が多かったが、そんな事は問題ではなかった。 いつものように相手を見据えながら、冷静にトリガーを引くだけだ。 ただ・・・それだけのはずだった。 目の前で巻き添えになった親子さえ見なければ。
『事件とは無関係の死者5人。まだマシな方だ。』
彰が運ばれていく遺体袋を眺めながらそう呟く。
『・・・・。』
冬弥はそんな彰の報告を聞き流すように、ぼやけた表情でビル群の隙間から見える空を眺めていた。
『死亡した母と娘は、ここの周辺に住むアラブ系の移民だそうだ。 持ち物を調べたところ、買い物の帰りだったみたいだな・・・・可愛そうに。』
『・・・・俺のミスだ・・・俺がもっと早く奴らを殺しておけば・・・・。』
『気にするな。冬弥。・・・・お前のせいじゃない。 運が悪かったんだ・・・。俺達にはどうしようもない・・・。』
そう言いながら彰は冬弥の肩を叩くと、現場にいる私服姿の隊員達の方へと歩いていった。 比較的人目に付く場所での鎮圧作戦は、常に高いリスクが付き纏う。 銃撃戦へ展開するとなれば、その場に居合わせた不運な人間が巻き添えを食らい、 下手に邦人に犠牲者が出ようものなら、NGO(非政府組織)が出張ってくる危険性があるからだ。
「くそ・・・・今日の発作は・・・やけに長いな・・・!」
胃がグルグルと掻き回されているような不快感に耐えながら、冬弥が顔をしかめていると、 ・・・スッ
「ッ!!」
突然手前に人の気配を感じ、冬弥は危うく腰のテスタメントに手をかけそうになった。 ―― 民間人か・・・。 寸でのところで、何とか精神を落ち着けつつ、視線を上げると 目の前にハンカチを手にした女性が佇んでいた。 スラリとした容姿に長く美しい黒髪が特徴的な女性。
「あの・・・・・大丈夫ですか?」
女性は心配そうに冬弥を見つめている。
「大丈夫だ・・・ほっといてくれ・・・・・・。」
下手に関わってもらうと後々面倒になる。 冬弥は露骨に邪険な態度を見せながら、無理やり立ち上がってその場を去ろうとした。
「あ・・・ちょ、ちょっと待って下さい!すごく顔色が悪いですよ!」
しかし、そんな冬弥のささやかな思い遣りとは裏腹に、女性はなおも冬弥に近づいてくる。
「悪いが・・・ほおっておいてくれないか・・・!迷惑なんだよ・・・。」
「め、迷惑って言われても・・・今にも倒れそうな人を放っておくなんて出来ないよ・・・。」
―― 何なんだコイツは・・・余程の世間知らずか、それともただの馬鹿なのか・・・? ・・・・・・。 ・・・・・・・・・。
「帰れよ。」
「分りました。そんなに嫌なら私は帰ります。けど救急車は呼びます。」
―― だから救急車はマズイって言ってんだろ・・・・うぜぇ・・・。 ・・・・・・。 ・・・・・・・・・。
「君・・・名前は?」
「森川由綺って言います。」
「・・・ふぅ・・ん。」
「あの・・・貴方の名前は・・・?」
「・・・教える必要はない。」
「あ・・・!ひ、酷いです!人に名前を聞いておいて・・・・!」
「分かった・・・!分かったからここで騒ぐな。」
「じゃあ名前教えて下さい・・!」
「冬弥だ。藤井冬弥・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・なんだよ?」
「いい御名前ですね。」
「馬鹿か?お前。」
・・・・・・。 ・・・・・・・・・。
「桐杏は、初めてなのか?」
「えへへ・・・スゴイですよね桐杏って、驚いちゃいました。」
「こんな腐った場所に居ても、何も残らないぞ。」
「いいです。そんな場所だとしても・・・夢が叶うなら・・・。」
・・・・・・。 ・・・・・・・・・。
「森川由綺。調べてみたがやはりただの民間人のようだ。 安心しろ、いずれの組織のスパイにも当てはまらない。」
「そうか・・・ならいい。」
「気になる女性が黒龍牙(ヘロンヤァ)のスパイじゃないと分かったからホッとしただろ?」
「・・・・・・・・彰。」
「クックック・・・すまん、失言だった。」
・・・・・・。 ・・・・・・・・・。
「由綺・・・?どうしたんだよ、こんな時間に呼び出したりして・・・。」
「・・・・〜〜〜。」
「え、何だって・・・?良く聞こえない。」
「私と・・・付き合って下さい・・・・冬弥くん。」
・・・・・・。 ・・・・・・・・・。
結局、俺はあの時、由綺を避ける事が出来なかった。 今まで・・・他人に関心を持たれたりといった状況は何度もあった。 だが・・・由綺だけは・・・どうしても突き放せなかった・・・・その結果・・・・・
「えへへ・・・一目惚れって奴かな。・・・初めて冬弥くんを見た時から・・・・ 『いつまで嘘を突き通せるかしら?』
突然はるかの言葉が脳裏をよぎる。
「・・・・・・・うるせぇよ・・・・・言われなくても・・・・・。」
シャァァァ・・・・・・・・。 ・・・・・・・・。 ―― 虚像 ―― 森川由綺という民間人との恋仲を演じる事での現実逃避 ―― 価値観が全く異なる女性といて楽しいか? ―― 下らない安らぎなど得ない方がマシだろう? ウソデヌリカタメタセイカツ ガッ!! 目の前の鏡が打ち付けられた拳を中心にヒビを描く。 拳から流れ出す血の雫が、水と入り混じり、螺旋を描きながら排水溝へと消えていった。
第二話 This is end of Love
謹慎処分はその期間が長引くほど隊員を死の女神から遠ざける。 藤井冬弥はそんなささやかな時間すら落ち着いて過ごすといった、 心のゆとりが欠けていたのかもしれない。 午後になると部屋にいてもたってもいられず、 ふらふらと神樹宮へ足を運んでいる自分がいた。 魔都桐杏の中心地、神樹宮。 毎時数十万の人間が行き来する、アジア圏最大の歓楽街。 夜魔手線を境とし、東は半径数キロにも及ぶ歓楽街が軒を並べ、 西は都庁を含めたセンチュリーハイアットタワー群から臨む大規模なビジネス街が続く。 日本語、中国語、韓国語、英語、アラビア語など多種に渡る言語が展開され、 白人、黄色人種、黒人、ありとあらゆる人種の坩堝。 冬弥は雪崩込む人の行列を潜りぬけ、一路華舞鬼町へと足を運んだ。 ―― 華舞鬼町 魔都を象徴する巨大歓楽街。 その背後では常に大陸系マフィアやヤクザが蠢き、 重犯罪多発地域として、警視庁では常にA体制が敷かれている。 靖国通りから1丁目を進み、さらに奥を抜けるとそこは混沌の世界が広がる。 淀んだ空気の中、冬弥は奇妙な郷愁を感じている事に気付いた。
「やはり、俺はここがお似合いだっていうのか?」
自嘲気味な笑みを浮かべつつ、先の角を曲がると 予想通り、探していた人物が道端で客引きをしているのが視界に入った。
「はいはい!可愛い子が沢山いますよ!今なら17時までタイムサービス!」
冬弥は髪を金髪に染めたポン引きの男に歩み寄る。
「・・・・・松岡。」
「ッ!!ふ、藤井さん!」
ポン引きの男は冬弥を見るや否や、素っ頓狂な声を上げて驚いた。
「元気そうだな。」
「お久しぶりです!どうしたんですか?わざわざこんなところまで・・・・」
「実はな・・・・。」
冬弥は周囲を軽く見回した後、松岡に耳打ちした。 話を聞いていた松岡の表情が険しいものになる。
「・・・・本気ですか?」
「頼む。こればかりはお前の力が必要なんだ。」
松岡は暫く考え込んだ後、静かに口を開いた。
「・・・分りました。俺でよければやってみます。」
「すまない・・・・迷惑かける。」
「いいですよ。藤井さんの頼みとあれば、断れないですから。」
そう言って苦笑する松岡に、冬弥はそっと何枚かの紙弊を握らせた。
「ふ、藤井さん?」
「ほんの気持ちだ・・・・受け取ってくれ。」
「止して下さいよ。藤井さんからは貰えませんよ・・・・。」
「無理言ってるのはこっちなんだ。これくらいはさせてくれ・・・頼む。」
「・・・・はい・・・!彰さんにも宜しく伝えといて下さい・・・。」
松岡は心底申し訳なさそうな表情で頭を下げた。 そんな彼の肩を軽く叩いて、冬弥はその場を去った。
―― 入国管理局にハッキングをかけてほしい。 ―― ッ! ―― データベースから人を捜してくれ。相手は・・・・・
・・・・・シュボ。 煙草に火をつけ、大きく息を吸い込み、吐き出す。 吐き出された煙が外気と交わり、大きな紋様を描いて虚空へ消えていく。
「・・・・・・・相変わらず人口過密な街だな。」
ふと時計を覗くと、時刻は17:00を過ぎようとしていた。 由綺が話していた約束の時間まで30分程の余裕がある。 ブルル・・・・!
「・・・・?」
ポケットに入れていた携帯端末の振動。 おもむろに端末を出すと、由綺からのショートメッセージを受信していた。 題名 急用ができちゃったの
『冬弥くん、ごめんなさい。急なスケジュールが入ってしまい、今日は遅くなりそうです。 晩御飯食べようって言ったけど、無理みたいです。本当に御免なさい!』
「・・・仕方ない。」
由綺からのメールを見て、かるく頭を掻いていたその時・・・・・ ・・・・・・ドォォンッ !! 何処かから異音が聞こえた。
(・・・・ッ!?近い・・・・・半径1q以内・・・・・。)
直後、手に持った端末が再度振動する。 慌ててプライベートモードで受話ボタンを押すと、彰の声が骨振動を通して飛び込んできた。
『・・・冬弥ッ!今、そこにいるな?』
「あぁ神樹宮2丁目だ。」
『・・・・至急タイムズスクウェア方面に向かってくれ!俺もすぐに合流する。』
「何が起こった?」
『非常事態だ。ZONE-Aでテロが発生した。』
ZONE-A、すなわち警視庁A体制区域の事である。
「・・・・・!1年ぶりだな。」
『あぁ。場合によっては最悪の事態も想定してくれ・・・・。 特例38項により現時刻を以ってお前の謹慎処分は解除する。』
彰はそこまで話すと一方的に通話を切った。 A体制区域内で想定しうる最悪の事態・・・・。 無差別テロ 民間人に多数の死者が発生する可能性があるという事だ。
「ちぃ!」
焦りの表情を浮かべながら冬弥は人込の中を全力で疾走する。 ・・・・・レイヴンの召集まであとどれくらいかかる!? ・・・・・あれが本物の爆発音ならば既に犠牲者が出ている! ・・・・・警視庁は何をしてたんだ!
「どいてくれ・・・!」
靖国通りを跨ぎ、比較的人が少ない都営線の地下通路へ降りる。 彰の連絡から既に5分が経過しようとしていた。 初動が20分以上遅れれば、鎮圧に要する時間が加速度的に延びる事になる。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。」
逃げ惑う人々に逆らいながらエスカレーターを駆け上ると、JR神樹宮南口の景色が視界に広がった。 タイムズスクウェア周辺は騒然としている。 巨大なモールビルディングの所々からから煙が立ち込め、 道路は大渋滞を起こしていた。 既にこの状態という事は、警官隊やSATが到着するまで大幅な時間のロスだ。 たまたま現場に居合わせた警官達が周囲を誘導するが、 この人の多さだ。そう易々と事は運ばない。
『警告。現区域内でテロが発生致しました。周辺の方は至急この区域から避難して下さい。繰り返します。―』
「キャー!」 「えぇ!?邪魔手線がストップしてるだって!!」 悲鳴や怒鳴り声ばかりが耳につく。
「冬弥ッ!」
振り返ると、人込の中から彰がこちらへやってくる。 彰は冬弥の携帯端末をGPSで検索し、すかさず合流してきたのだ。
「お前が近くにいて助かった・・・・!」
「・・・最悪の事態だな。」
「警視庁は完全に出遅れたようだ。非常勤だが仕方ない。・・・・・いいな?」
彰の問い掛けに冬弥が静かに頷くと、 2人はその場からタイムズスクウェア方面に向かって疾走を始めた。 疾風の如く人込を潜り抜け、渋滞する車道へ躍り出ると、 そのまま停車している車のボンネットの上を跳躍していく。
「敵の目星は?」
「分からん。だがレッド・アイからは既に辞令が降りている。」
「・・・・・・殲滅・・・。」
冬弥が呟く。
「どのみちZONE-Aでのテロルは極刑だ。致し方ないな!」
ザザザザッ! バッ! 冬弥のコートが風になびいて、一瞬まるで鴉の翼のように広がった。
「黒龍牙(ヘロンヤァ)の報復の可能性は!?」
「それはありえない!幾等なんでもこんな後先考えない大掛かりな破壊活動はしないはずだ!」
「犯行声明は出てるのか!?」
「それもまだだッ!切り分けがつかん・・・!」
爆心地となったビルの1階は煙が立ち込め、破壊の爪痕が生々しく都会に映える。 ・・・・テロリストはこのビルにいるはずだ。 冬弥達の直感がそう語りかける。 ビルの前では偶然居合わせた巡回中の警察官達がKEEPOUTと印刷されたテープで 周囲を封鎖している最中だった。
「どうする!?」
「かまわん!時間が惜しい・・・・!」
ババッ! あっという間に包囲網を飛び越えると、まだ火の手があがるビルへと突入する。
「ちょ、ちょっと!君達ッ!」
「待ちたまえッ!!」
背後から警察官達の怒号が聞こえてくるが、彼らに制止させる間も与えずあっという間に現場へ侵入した。 彰が人差し指で指し示した場所に冬弥は一旦腰を下ろし、テスタメントを引き抜く。
「この服、気に入ってるんだから汚したくないな。」
彰がそう呟きながら、自分が着ている純白のPコートを手で撫ぜた。
「だったら返り血を浴びないように気を付けるんだな。」
冬弥のそっけない返事に苦笑いしながら、彰は愛銃ソウルイーター(※コルトガバメントM30限定モデル)を ゆっくりと引き抜き、チャンバーをスライドさせた。 モール内は眩暈がする程の熱気で包まれている。 真冬にも関わらず、冬弥の頬に汗が伝う。 奥を覗くと、真っ黒に焦げたエスカレーターの残骸らしきものが2階へと伸びている。 人気が無い事を確認した二人は、一気にそこから2階へと無音に近い状態で駆け上がった。 ニチ・・・ニチ・・・・・。 熱で焼け爛れたエスカレーターが冬弥達のゴム靴の底を溶かし、 そのゴムが鉄筋に張り付く音が聞こえた。 よもやこんな短時間で突入されるとはテロ犯達も思うまい。 それほど彼らの計画は周到だったのだ。 ただ、一つ・・・彼らの誤算は・・・・黒鴉の存在を知らなかった事である。
「・・・・ここのモール街・・・。」
突然、冬弥の脳裏に過去の出来事がフラッシュバックする。
――「ねぇ、こんなのどうかな?」
由綺が嬉しそうに商品のバックを手にとって冬弥に視線を送ってくる。
――「・・・・・さぁ・・・俺はよく分からないな。」 ――「もう・・・似合うか似合わないかくらい言ってよ・・・!」
思えば、初めて冬弥が由綺にモノを買ってあげた場所だった。 いや・・・・初めて人にモノを買ってあげたというべきか・・・・。 ―― 異臭 ―― 人体の焼け焦げた匂い 吐き気を催すこの空間が、現実感を麻痺させる。 そこらじゅうに転がる死体。 原型を留めない体や黒焦げの人型。 無理も無い、午後の溢れ返った場所での爆破。結果は見えていた。 改めて犯行グループの非人道的なやり口を目の当たりにし、冬弥は口から歯軋りを漏らした。
「クソが・・・・何て事を・・・。」
「・・・・・おかしい。」
彰が戸惑いの表情を浮かべて呟いた。 それと同時に冬弥も何かを悟ったかのように、周囲に神経を張り巡らせた。
「・・・・・確かに。」
「流石に気付いてるだろ・・・普通。」
「あぁ・・・そろそろ迎撃されてもおかしくないんだが。」
「陽動の可能性は・・・・?」
冬弥が問い質すが、彰は軽く首を横に振った。 確かに何かがおかしい。黒鴉によって培われた勘がそう警告してくる。 このモール全体が奇妙だった。
「静か過ぎ・・・ パァンッ!パパパパパーンッ! !! 微かな銃声が二人の耳に届く、吹き抜けから聞こえるその音から察するに 現場はもっと上のフロアだという事が判明する。
「先行部隊がいるのか・・・・?」
「ありえない・・・俺達以外に黒鴉はいないはずだ。」
明らかに交戦中と思わしき気配が上階から感じられ、銃声に雑じって悲鳴も聞こえた。 二人ともその場に一瞬固まってしまったが、気を取り直し上階へと足を進めた。 最上階の7階へと辿り着いた時には既に銃声は途切れ、硝煙と階下からの煙だけが残っていた。 慎重に奥へと進むと、先の方で男の死体が転がっていた。
「・・・これは・・・?」
冬弥が近寄り、足でうつ伏せの男の死体を仰向けにひっくり返す。 屈強な体躯、人相の悪い日本人・・・・眉間を打ち抜かれ、即死状態であった。 すぐ近くにはMP5(※H&K社製のサブマシンガン)が転がっていた。
「クソ・・・なんてこった・・・!」
苦虫を噛み潰したような表情で、彰が吐き捨てた。
「俺達は大きな勘違いをしてたようだ。 今回の事件は邦人が主犯だ。」
「・・・・・・・・管轄外って事か・・・・。」
ガガガァンッ!
「ッ!!」
「なッ!?」
・・・・チュインッ! 突然フロア奥から発砲され、完全に虚を突かれた冬弥達はショーケース沿いに倒れこむ。 ガァンッ! 間際に冬弥がテスタメントの引き金を引くが、発砲音が虚しくフロアに響き渡った。
「・・・・痛ッ!」
倒れた拍子にガラスで肘を切ったらしく、冬弥の腕に血が滴る。 すぐさま彰が冬弥の傍に滑り込んでくる。
「誰だか見えたか?」
「・・・!早いッ!2人組だ!」
ガァンッ!ガァンッ!! キィン! ガシャーン! 再び攻撃を受けて、周囲のガラスが飛び散った。
「舐めた事してくれる・・・。」
ガァン、ガァンッ! 発砲が途切れた直後、彰は2,3発威嚇射撃を行い 中腰で素早く態勢を整える。 シ・・・・ン。 静まり返るフロア内。 先制攻撃を受け、動きを止められた冬弥達に戦慄が走る。
「チィッ!やってくれるじゃないか・・・!」
舌打ちをしながら、彰は周囲の様子を伺った。
「変だ・・・今の死体は新しい・・・明らかにあれは犯行グループのものだ・・・。」
冬弥が支柱に背を向けて、そう呟いた。
「俺達以外の何かがいるって事だな。」
「今断言できる事は・・・・・・このままだとやばい・・・!」
タイムズスクウェアから通りを一本挟んだビル影に停車する大型車両。 その車内で、数人の人間が慌しく現在のテロ事件を逐一監視していた。 複数のモニターの前に座った女性。 耳にヘッドセットをかけ、端末を素早く操作しているその女性は 画面に表示された異変に誰よりも早く気付く。
「順調に制圧・・・ッ!?ちょ、ちょっと待って下さい!」
「・・・?どうしたの?」
「別グループが進入してきて、たった今交戦状態に入りました・・・!」
すらりとした長身の男性が、オペレーターの女性の報告を聞いて席を立ち、 モニターされた複数の画面を交互に眺めて状況を確認していると、 背後から別の人間がその長身の男へ声をかけた。
「ユグドラシル、別働の菩提樹から連絡です。」
それを聞いた男がオペレーターの傍にあった端末を手に取る。
「あぁ・・・世界樹だ。・・・・・・・・何?」
端末で会話をしていた男の表情が険しくなった。
「公安が?・・・ちょっと待ってくれよ。それ話が違うだろ?」
「先程の別グループ、確認出来ました・・・・確かにB側から突入してますね。」
横で事態を把握したオペレーターからのダメ出しで、男は額を手で押さえて唸った。
「あちゃぁ・・・誰だよぉ、突入命令だしたの〜。」
「菩提樹、現在も公安特殊武装隊と交戦中です。」
「そりゃあまずい。・・・美咲くん。彼女達に連絡は取れる?」
「駄目です・・・通信が途絶えたままです。 先程撒かれたチャフ(※通信撹乱弾)の影響がまだ残ってます。」
「まいったな・・・・レイヴンのお出ましか・・・。 うちの女神様達を貪欲カラスに見せたくなかったんだけどなぁ・・・。」
男性はそう呟くと苦笑しながら、咥えていた煙草に火をつけた。 ガァンガァンッ!! チュインチュインッ!! 銃弾が冬弥と彰の頭をかすめていく。
「今日は厄日だぜ。黒龍牙相手の方がまだマシだ・・・。」
彰が苦笑しながら、ソウルイーターのマガジンを再装填する。
「相手は、たったの2人・・・初めてじゃないか?こんな泥死合に縺れ込むのは。」
おかれている状況の割りには軽口を叩く彰とは対照的に、 冬弥は目の前の不可解に戸惑っていた。
「ありえない・・・・一介のテロリストにしてはモノが出来すぎてるッ!」
「聞きなれない銃声だな。一体何を使ってるんだ・・・?」
ドォンッ!ドォンッ! 再びテスタメントの咆哮が響き渡り、すばやく冬弥はマガジンを再装填する。
「・・・S&W(スミス&ウェッソン)のリボルバー。型までは分からんが3インチ。 もう1人が・・・・ベレッタ・・・多分相当改造してやがる・・・威力が段違いだ。」 淡々とした冬弥の解説に彰が冗談まじりに小さく拍手をする。
「リボルバーなんて骨董品を実戦で使ってる馬鹿なんて初めて見たぜ。」
「少なくても相手は馬鹿じゃない。地の利を生かして確実に距離を縮めて来ているぞ・・・。」
珍しく焦りの色を見せ始める冬弥を見て、彰は改めて偶然神樹宮に居合わせた自分を恨めしく思った。
「今日は厄日だ・・・。」
「彰ッ!来たぞッ!」
煙の向こうから敵の姿が辛うじて見える。 相手の一人は素早く中央の踊り場から飛び出すと、あっという間に物陰に姿を潜めた。 もう一人の方は・・・やけにゆっくりと移動し、少し距離をおいた場所に陣取る。 冬弥と彰は一瞬だけ垣間見た相手の姿を見て愕然とする・・・。
「・・・女だと!?」
驚いた事に、先程から苦戦を強いられてきた相手が女だと言う事が分かり、 思わず大声を出しそうになって冬弥達は口を噤んだ。 先に飛び出てきた奴が恐らく前衛・・・・ 気になるのは後の奴だ。 異常にゆったりとした動き、逆に不気味で冬弥は不安感を募らせた。 ・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・。
『援護して・・・!』
『・・・了解。』
『チッ!何よ・・・あれ・・・ムカツク・・・早く死になさいよ・・・。』
ドォンドォンッ!! テスタメントの凶悪な弾丸が再び咆哮する。
『三流テロリストにしては頑張るじゃない・・・・!!』
ガガガガガガンッ!!
「なんだッ!?」
聞きなれない独特の射撃音に冬弥の第6感が警鐘を鳴らした。 その直後、冬弥と彰が退避しているすぐ真横の壁を弾丸が突き抜けていく。
「なにッ!?」
「・・・・連弾・・・!」
唖然とする冬弥に対して彰が問いかける。
「極点連続射撃(連弾)だと・・・?」
「マジで驚いた・・・・壁を突き抜けて攻撃された。」
「さすが合金鉄鋼弾。一昔前に流行った防弾チョッキ程度ならそのままアウトだな。」
彰はそう言いながら、軽く口笛を吹いて驚いてみせた。
「弾丸の性能だけじゃない。こんな芸当はそうそう出来るものじゃない・・・・。」
ガァン!チュインッ!
「冬弥、感心してる場合じゃないぞ。このままだと非常によろしくない事態になるぜ?」
「俺の予想だと、今ので片方は弾切れだ!」
「よし・・・!出るぞ!」
再び前傾姿勢をとり、彰が横へ飛び出そうとした時・・・ ガァンッ!! !? キュインッ! 跳弾・・・・!?
「――まずいッ!!」
冬弥は咄嗟に彰の肩を抱え込むと、隣のコーナーへと滑り込む。 キィンッ!! ありえない方向から弾丸が彰を襲ってきた。 あと少し、冬弥の判断が遅ければ・・・そう思うと冬弥の背筋に冷たいものが走った。 ガガガガガガンッ!! 再び連弾が壁を突き抜けて冬弥達を襲う。 彰のPコートが破け、右腕から血が滲み始めた。
「撃たれたのか・・・!?」
「いや、かすっただけだ。」
そう答えると、彰は自分の服を見つめて悔しそうに呻く。
「最悪だ・・・服が破けた。」
「新しいのを買え。」
「どうする?応援が駆けつけるまでこのまま耐え凌ぐか?」
「いや、多分もたない。俺が何とかする。・・・彰、ソウルイーターを貸せ。」
「あ?俺はなにで身を守ればいいんだ?」
「守る必要はない。次で終わる。」
彰は暫く無言で冬弥を見つめた後、
「分かった。今回はお前に任せるよ・・・・。」
微かに笑みを漏らしてソウルイーターを手渡した。 ・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・。
『・・・避けた・・・?』
反対側のコーナーから発砲した女性が驚きの声を洩らす。
『1匹とんでもない大物がいるみたいね。 うふふ・・・いいわよ・・・・・感じちゃうわ・・・!』
舌なめずりをしながら前衛の女性がリボルバーに弾丸を装填し、熟れた手つきで素早く回転させる。
『気をつけて・・・何かやってくる・・・!』
ドァンッ!! パリーンッ!! 後衛の女性の警告を聞いて、素早く前衛がリボルバーを構え身を乗り出した。 上の方で硝子が割れるような音が聞こえた後、後衛の女性の上から硝子の散乱した破片が降り注いだ。
『ッ!!』
咄嗟に後衛の女性はそれを避けようと支柱の影に退避するが・・・・ そこで初めて事の重大さに気が付いた。 ・・・・支柱が死角になって前衛の姿が見えない! 冬弥は素早く前にあったショーケースを踏み台にすると、思い切り高く跳躍した。 煙の中から前衛の女性の影が見える。 女性の方も冬弥の特攻に気付き、身を翻して迎撃態勢に入る。 (・・・マジ!?) 驚く女性。 空中で冬弥は翻りながら、テスタメントの銃口を女性に向ける。 刹那だがゆっくりと時間が流れる・・・。 (そんなもので・・・私が殺れるとでも・・・・?) 狂気的な笑みを浮かべながら、女性もリボルバーの銃口を冬弥へと向けた。 ガァンッ! ドォンッ! お互いの銃弾が虚空を切り裂く。 ・・・ビッ! 女性の放った銃弾が冬弥の頬をかすめる。 ピピッ・・・頬から血が吹き出るが、冬弥は動じない。 続けざまに煙の向こう側から再び銃弾が冬弥に襲い掛かる。 ドクン・・・ドクン・・・・ドクン・・・・・。 2発目の銃弾は冬弥の脇をかすめていく。 (はなからテスタメントで勝負を決めようなんて思っちゃいないさ・・・!) (そんな大口径で・・・!!) 射撃の早さに自身がある・・・・まして相手がデザートイーグルという大口径の銃ならば、 コンマ何秒の世界で絶対的に有利な状況であると女性はタカを括っていた。 だがそれは冬弥の罠だったのだ。 煙が一瞬途切れ、冬弥と女性・・・お互いの目線が初めて合った。 冬弥の視界が反転し、元に戻ろうとしていた時、 彼の左腕は右腕をクロスさせ、標的を狙いにつける。 (しまったッ!?―!!ガバメントッ!?) 冬弥はそのまま左手に握ったもう一つの銃、ソウルイーターを女性を向けた。
「悪いなお嬢さん方。相手が冬弥だったのが不運だと思いな。」
彰がポケットから出した煙草に火をつけて呟いた。 (・・・・捕らえた・・・どうする・・・・殺るのか・・・?) ガァン! ダァン! 向けられたコルトガバメントから強烈なマズルフラッシュが走る。 ほぼ同時に女性からの3発目の弾が発射されたが・・・・勝利の女神は冬弥に微笑んだようだ。
『キャァッ!!』
銃を撃ち落とされ、女性が悲鳴を上げる。 直後、冬弥が床に落ちたリボルバーを蹴って彰の方へと滑らせた。 本来ならそこで手首を押えて床に屈んでいる女性の身柄を拘束したいところだが、事態は予断を許さない。 (後衛の女性は何処だ・・・!) 直ぐに身を翻して、再び戦闘態勢に入る。
「除装しろッ!抵抗しなければこちらも撃たない!」
立ち込める煙の中、冬弥は大声で降伏勧告を言い渡す。 この行為だけでも十分自分に不利な事であるのは分かっているが、 既に直感で彼女達がテロ犯ではない事を悟った今となっては、こうするのがベストだと判断した。 だが・・・・。 ・・・・ヒュン。
「ッ!!」
煙の中・・・突如足元から何かが襲い掛かってきた。 咄嗟に足でそれを叩き落とすと、何て事はない。唯の展示品の商品だ。 ビュンッ! 直後、横から物凄い勢いで何かが冬弥に襲い掛かった。
「――クッ!!」
紙一重でそれを避け、初めてそれが人間の足だと理解する。 (蹴り・・・!?) ビュンッ! 人影が現れ、漆黒の銃口が冬弥の視界に飛び込んできた。 冬弥は本能的にテスタメントを構える。 お互いの照準を定めるタイミングは、ほぼ同時であった。
「―― 彼女から下がりなさい!」
カチャ・・・。
「・・・・・・なっ!?」
聞き覚えのある声に冬弥は硬直した。 煙幕の向こう側にいる女性の姿が露わになる・・・・。 美しく長い漆黒の髪がなびき、スラリとしたアンティーク人形を思わせるような体躯。 そして・・・・・闇に潜む獣のような恐ろしくも美しい瞳。 その獣の瞳が、冬弥の表情を映した途端。我に返ったように、瞳孔が大きく見開かれた。
「・・・・嘘だろ・・・?」
「・・・・・・うそ・・・・。」
シ・・・・・ン・・・・。
「由・・綺?」
「冬・・・弥くん?」
ガクガクとベレッタを構えた由綺の腕が震え始める。 冬弥も何とかテスタメントを構えてはいるが、すでに全身から力が抜けていた。
「どう・・・して・・・どうして冬弥くんが・・・こんなところにいるの・・・・?」
「何故・・・由綺が・・・ここに・・・!?」
お互い至近距離で銃を向け合いながら呆然と立ち尽くす2人。
『――ザァー、こちら黒鴉。藤井と七瀬両名に告ぐ。ただちに交戦を停止しろ。 繰り返す、現場に突入した両名はただちに交戦を停止―』
あまりにも静かなフロアに、公安特殊武装隊の連絡が木霊した。
THE BLOODY ALBUM Beginning of the love and hate
Crystal by NewOrder WE'RE LIKE CRYSTAL 僕らはクリスタルのようなもの
予告 硝煙の匂いの中で、対峙した恋人達。 嘘、欺瞞、そして失望。 恋人を見つめたまま、沈黙する青年の心。 深く、深く・・・真実は彼女の漆黒のベレッタのみぞ知る。 次回BloodyAlum『九葉』 |