ウゥーーーーーーカンカンカン!

消防車や救急車のけたたましいサイレンが神樹宮タイムズスクウェアに反響する。

いつの間にか降り始めていた雪が、街頭のポプラの下に佇む冬弥と彰の肩を白く染めつつあった。

周辺は警視庁に完全に封鎖され、野次馬やマスコミが忍び込める余地はなく、

また、道路脇には仰々しい複数台の特殊車両が停車している。

そんな様を無言で見つめながら、冬弥は懐から煙草を取り出し口に咥え、ジッポーを握ると火をともした。

暖気を帯びた白煙が真冬の寒気と混じりあいながら白い姿を躍らせた。

第三話 九葉(ナイン・リーヴス)

 

「・・・・九葉(ナイン・リーヴス)・・・。」

 

彰がPコートの破けた部分をしげしげと眺めながらそう呟く。

 

「・・・・九葉・・・・・・だと?」

 

「聞いた事あるだろ?警視庁鎮圧特務班、通称九葉・・・・まさか現場で鉢合わせるとは思わなかった。」

 

彰はそう言うと、道路を挟んだ向こうの車両に視線を向けた。

頭部に積もった雪を掃おうともせず、冬弥も視線を移すと、

黒塗りの大型車両の前に複数の人間が佇んでいるのが見えた。

どれもこれも堅気の人間にはない独特の光を瞳に宿しながら、

漆黒の特殊スーツを身に纏った女性を取り囲み、会話を交わしている。

冬弥の恋人であり・・・・つい昨日会ったばかりの由綺と・・・・・・・・・・・。

 

「・・・・あの男・・・!」

 

隣にいた彰の声色の変化に気付き、横目で彰の視線を追うと

一際長身の男が、車輌から降り立つのが見えた。

銀髪で眼鏡を掛けており、周囲の人間と比較してかなりラフな服装。

飄々とした出で立ちのその男が、由綺達に近づくと心なしか由綺の表情が和らいだような気がした。

 

「・・・・・・誰だ、あの男は?」

 

視線を外さないまま冬弥が彰に囁く。

 

「驚いたな・・・緒方英二がいる。」

 

「・・・・・・緒方英二だと?」

 

間の抜けたように口から煙草の煙を吐き出す冬弥とは対照的に

彰は強張った表情のまま、鋭い視線を緒方英二に向けていた。

 

「・・・・・九葉の司令塔が直々に来てるとは意外だな・・・・。」

 

「おい、彰。緒方英二って、あの緒方英二か・・・?」

 

そう冬弥が訪ねた矢先、一台の車両からはるかが降り立ってくるのが冬弥の視界に写る。

はるかは周囲を2,3度見回した後、冬弥達の姿を確認すると駆け寄ってきた。

 

「冬弥、彰・・・・。」

 

「任務御苦労。」

 

彰のそっけない返事にはるかは頷くと言葉を続ける。

 

「無事だったのね・・・。」

 

「あぁ、俺達は問題ない。あとは向こうの仕事だ。」

 

そういいつつ、彰が顎をしゃくって九葉達を指した。

つられてその方向を見たはるかが愕然とする。

 

「・・・・・あの女性(ひと)・・・・・。」

 

「はるか・・・。」

 

何かを言おうとしたはるかの言葉を遮るように、冬弥が低い声で彼女を呼んだ。

 

「・・・・・・・。」

 

「頼む・・・・・・今は何も聞きたくない。」

 

はるかはしばらく無言で冬弥を見つめた後、溜息をついて二人の横のガードレールに腰掛けた。

降雪が一段と激しくなり、目の前の視界が純白に覆われ始める。

九葉の関係者を見つめていたはずの冬弥の眼に、ふと数年前の自分の姿が映った。

 

― さてと、メシでも食べるか。冬弥、今日くらいは付き合えよ?

― ・・・・・・・・。

― たまには付き合いなさいよ。冬弥。

 

ぶっきらぼうに微笑みながら彰達と並んで歩く零國時代の己の幻が

降雪の淡い光の屈折の中へと消えていく様を何時の間にか煙草を咥えたまま見つめていた。

彰達に視線を移すと、彼らもまた、遠い眼差しで雪の向こうの何かを眺めていた。

3人の黒鴉。雪化粧の街並みの中で、彼らは御互いに遠い日々の幻を見ていたのだろうか・・・・・・。

 

「さてと・・・・俺は今回の件を報告しに行く・・・・はるか、行くぞ。」

 

彰はそう言いながら再びPコートを羽織ると、冬弥の前に立ち塞がった。

 

「冬弥・・・・・・・あの女とは別れろ。・・・・・・これはクローとしての命令だ。」

 

「・・・・・・・・・・・・。」

 

淡々とした彰の言葉に冬弥はただ無言で目線を返す。

そのまま彰は踵を返すと、雪の中へと消えていった。

 

「・・・・・・冬弥。」

 

はるかは冬弥と向き合い、彼の頬に右手を添えて言葉を続けた。

 

「・・・・感情的にならないでね・・・・貴方は黒鴉なんだから・・・・。」

 

「・・・・・・・・・・・・。」

 

「辛そうな顔ね・・・・・そんなに彼女の事が大切だった・・・・?」

 

そう呟くとはるかは冬弥の頭を自分の胸元に抱き寄せた。

 

「・・・・冬弥、辛いのなら・・・・・

 

「早く行けよ・・・・・彰が待ってるだろ?」

 

そっけない冬弥の言葉の後、はるかはそっと腕を離して彰の跡を追うように雪の中へと消えていった。

 

― 騙していたつもりで、騙されていたのは俺

 

そんな言葉が何度も脳裏をよぎるとともに、否応なしに歯切りが口から漏れ始めた。

 

― なんてナンセンスなんだ。結局安らぎを求めていた女がこちら側の住人だったとは!

 

馬 鹿 に し て い る !

顔を顰めながら煙草を地面に投げ捨てると、踵を返して神樹宮駅へと向かって歩き始めた。

一歩一歩足を進める度に、今までの自分の逃げ場が

音を立てて崩れていくような間隔を覚え、より一層険しい表情を浮かべ始める。

― ピクッ

鋭い殺気が自分に向けられている事に気付くと、その場で足を踏み留めた。

 

「・・・・・・・何だ?」

 

先程から視線は感じていたが由綺の事に気を取られ、

それが殺気だと気付くのに時間がかかってしまった事に若干己の至らなさを悔やむとともに、

目で殺気の元を追いかけてゆくと・・・・・

例の本人が右側にある交差点の先に立っているのがはっきりと見えた。

黒の服に映える絹のように美しい茶色の髪。

周囲の雪と同化してしまうかと思ってしまう程の不気味な色白い肌。

凶暴なピューマを連想させる動物的かつ見る者の心を幻惑させるような瞳。

そして・・・何よりも美しい顔立ちが辺りの人間を必要以上に卑しく見せてしまう。

そんな常人離れした女性が、親の仇とばかりに冬弥に殺意を込めた視線を投げかけていたのである。

 

「・・・・・・あの女・・・!?」

 

そこでようやく冬弥は、彼女が先程まで自分が戦っていた相手だった事に気付いた。

女性も冬弥が気付いた事が分かると、ニヤリと口元だけを歪めて

今にも噛み付かんばかりの様子で、冬弥の様子を伺っていた。

(由綺と一緒にいたという事は、あの女も当然九葉の隊員か・・・。)

冬弥に負けた事で、自尊心を気付けられたのか。それとも別の理由だろうか。

色んな詮索をしていると、ふと自分の中である違和感が沸いた。

(・・・・・?・・・・あの女、そういえば何処かで・・・・・。)

どちらにしても自分に向けられた視線が、友好的ではない以上、

この状況下で長居は無用である。

冬弥は女性の動向を横目に伺いながら、早々に立ち去ろうとした・・・・・

その時、背後から聞きなれた声が冬弥を呼び止めた。

 

「・・・・冬弥くん・・・・。」

 

「・・・・・!!」

 

由綺の呼びかけに思わず冬弥は一瞬体を震わせた。

すぐさま先程の女性を伺うと、驚いた事に女の姿はもう見当たらなかった。

 

「冬弥くん・・・・・あの・・・・その・・・・!」

 

しどろもどろな由綺に対してゆっくりと冬弥は振り返ると、

彼女とは視線を合わせず、俯き加減で静かに口を開いた。

 

「・・・・・何だよ?」

 

「・・・・こんな・・・こんなのって・・・私、何て言えばいいのか・・・。」

 

「・・・・・。」

 

「・・・・どうして・・・どうしてこんな事に・・・・。」

 

「・・・・・。」

 

由綺の声が震えているのがはっきりと分かるが、冬弥は沈黙を続ける。

 

「冬弥く
「黙れ・・・!」

 

「ッ!!」

 

ビクリと由綺の体が動いたのが視界の隅から伺えた。

白い由綺の手を見て、彼女が先程まで人を殺していたのかと思うと

えも言えない嫌悪感にかられ、吐き気すらもよおしてきた。

 

「と・・・冬弥く・・・ん!?」

 

「何も・・・聞きたくないし話したくもない・・・。」

 

「わた・・し、私ね・・・・冬弥くんの事、何も分かってなかった・・・。」

 

「・・・・・・黙れって言っただろうが・・・。」

 

「冬弥くん・・・・どうして?どうして目を合わせてくれないの・・・!?」

 

悲痛な由綺の呼びかけに、冬弥は舌打ちをすると再び背中を見せて歩きはじめた。

 

「ま、待って・・・!冬弥くん・・・待ってよッ!」

 

「どうして・・・どうしてなんだ・・・!!」

 

「ッ!!」

 

― ヒ ト ゴ ロ シ

とうとう冬弥の心に溜まった汚泥のような心が噴出し始める。

例えようのない不快感。それは失望、哀しみ、怒りが入り乱れた何とも醜いものだったに違いない。

もう冬弥は口から吐き出される恨みの言葉を止める事が出来ず、

次々と由綺に対して、あからさまな罵倒を言い始めた。

 

「レッスンだ・・・?芸能界だ・・・?聞いて呆れる。」

 

「とう・・・やくん!」

 

「ささやかな・・・ほんのささやかな願いじゃないか!どうして叶えてくれないだッ!!」

 

「ま、待って・・・お願い・・・話を・・・・。」

 

「見事に騙されたよ。血に塗れた女に・・・・用はない!」

 

「そん・・・な・・・酷・・・い!」

 

既に涙声になり、言葉に詰まる由綺に対して冬弥は形容し難い虚しさに捕らわれながら、

もう話す事もないと考えて、留めていた足を踏み出そうとした。・・・・その直後

ゾクッ!!

・・・・背後から今まで体感した事も無いような恐ろしい殺気を感じた。

一瞬ぐにゃりと空間が歪み、何本もの氷の刃物で体中を突き刺されたような感覚。

気が付くと冬弥は、久しく忘れていた恐怖で眩暈を覚えながらその場で硬直してしまっていた。

 

「ッ!?」

 

― ヤラレル!?

我に返って慌てて後ろを振り向くと。

俯いている由綺の後ろから銀髪の男がゆっくりと薄ら笑いを浮かべながら

こちらの方へと歩み寄って来ていた。

(緒方・・・・英二・・・・?)

 

「由綺ちゃん。ちょっとすまないが、彼と話したい事があるんだ。」

 

英二は由綺の肩を叩いて苦笑すると、由綺がくしゃくしゃの顔で英二を見上げた。

 

「・・・えい・・じさん?私・・・私こんな・・・つもりじゃ・・・!」

 

「君はちょっと疲れてるんだよ。一度気持ちを落ち着ける為にも戻っててくれないかい?」

 

もう一度英二が言い聞かすように、由綺にゆっくり語りかけると、

しばらく間をおいてから由綺はコクリと頷いて踵を返した。

一瞬、振り返って冬弥を見つめると、ふと口を開いて何かを言おうとしたが、

英二が凝視していた為か、そのまま口を噤んで特殊車両へと戻って行った。

無感情な瞳でそれを見つめていた冬弥は、そっと振り返って駅へ向かおうとした。

 

「待てよ、青年。」

 

しかし、まるで冬弥の襟首を掴むかのような低くて鋭い声が冬弥の足を止めた。

すこし苛立ちながら、冬弥が振り向いて英二を睨んで口を開いた。

 

「俺に何の用だ・・・?」

 

「まぁそう邪険にするな。青年。ちょっと顔を貸してくれ。」

 

人を食った様な笑みを浮かべながら、英二は胸元から煙草を取り出すと灯をともした。

 

「・・・・・・。」

 

冬弥は馴れ馴れしい英二の態度に対して露骨に不愉快そうに視線を傾けるが、

英二は気にも留めずに再び口を開いた。

 

「自分の恋人だと思っていた子の正体が分かって、そんなにショックかい?」

 

「ッ!!」

 

「おっと、すまない。怒らないでくれ。僕は君と喧嘩しにきた訳じゃないんだ。」

 

「何なんだ。あんた?一体何が言いたいんだ・・・!」

 

「是非、前から一度君と話がしたかったんだよ。」

 

そう言うと、英二は振り向いて手招きした。

 

「前から・・・?どういう事だ?あんたは俺を知っていたと言いたいのか?」

 

「・・・・・・・青年。真実を知りたくはないかい?」

 

「なに?」

 

「・・・・ブラッディ・アルバム。」

 

「・・・・・ッ!?」

 

― 今、何て言った?

しばらく冬弥はツカツカと歩き始める英二の後姿を無言で見つめていたが、

やがて決心したのか、軽く舌打ちして英二の後に続いた。

英二は先程の特殊車両に前に来ると、一人の隊員らしき男に声をかけた。

 

「予定変更だ。ポイントBまで戻ってくれ。」

 

「了解しました。」

 

「菩提樹は?」

 

「既に車中で待機しております。」

 

「そうか。あ、彼も乗せてあげてくれ。」

 

英二は後ろで佇む冬弥に親指でさすと、隊員は怪訝そうな表情を浮かべる。

 

ユグドラシル
「世界樹、部外者はまずいですよ?」

 

「構わない。僕が許可する。」

 

「・・・・・・了解しました。」

 

鼻歌を歌いながら英二は車両に乗り込んでいく。

隊員が無言のまま目配せで冬弥に「乗れ」と合図したので、

冬弥はそのまま薄暗い車内へと足を踏み入れた。

暗い車内に入るとすぐに照明がある部屋があり、

側壁の至るところにはショットガンやアサルトライフルなどが備え付けられいる。

室内両サイドに据え付けられたソファの片側に、ちょこんと由綺が座っており、

反対側には先程の女性が足を組んで憮然とした表情を浮かべていた。

由綺は冬弥に気付くと、驚いた表情を浮かべて硬直した。

 

「と、冬弥くん!?」

 

「・・・・・・。」

 

逆に、例の女性は冬弥を見るなり、目を見開いて今にも飛び掛らんばかりの勢いだ。

正面の車内ドアに背もたれて英二は微笑を浮かべている。

 

「え、英二さんッ!?ど、どうして・・・冬弥くん・・・!?」

 

「すまないね、由綺ちゃん。どうしても彼と話したくてね、いい機会だから御同行願ったんだよ。」

 

焦って言葉を詰まらせている由綺を英二がなだめていると、

 

「に、兄さんッ!こ、こいつ・・・!!」

 

今度は反対側の女性が食ってかかる。

 

「あ〜、理奈ちゃん。まだ話飲み込めてないみたいで申し訳なんだが、この青年が例の藤井冬弥くんだ。」

 

「え・・・・?はぁッ!?」

 

女性は由綺と英二、そして冬弥を交互に見ながら口をパクパクさせた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。その・・・由綺の彼氏が、こいつで・・・レイヴン?」

 

「まぁ・・・そういう事だね。」

 

「あ・・・あはは・・・あっははははッ!!」

 

彼女はソファにドカリと腰掛けると、その場で大笑いを始めた。

 

「理奈ちゃん、何がおかしいの?・・・・私、ちっとも面白くないよ?」

 

由綺が無表情のまま理奈と呼ばれている彼女に向かって呟くが、

理奈は気にも留めず、腹を抱えながら涙目で冬弥を見つめた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・・あ〜おっかし!ふぅん・・・あんたが由綺の彼氏だったんだ。」

 

奇妙な雰囲気に包まれた車内。

様々な思惑が飛び交う空間を締めるかのように、

パンッと英二は手を叩くと、冬弥に告げた。

 

「ようこそ、九葉(ナイン・リーヴス)へ。・・・・出発してくれ。」

 

手にとった無線機に向かって指示すると同時に、冬弥達を乗せた車両は動き始めた。

 

― バサバサッ!

ゴミを漁っていた複数羽の鴉が、一斉に飛び立った。

桐杏の片隅、人の寄り付かない路地裏に、4人の男が何処からともなく集まってくる。

地面に転がっていた空き缶を片足で転がしながら、ゆっくりと振り向く彰に対して、

残りの3人の男性が囲い込むように佇むと同時に、一番長身の男が、静かに口を開いた。

 

『藤井冬弥がデスと接触した。』

 

それを耳にして彰の体がピクリと反応した。

 

「・・・ッ!?」

 

『これはどういう事だシルヴァー。何故お前のメンバーがデスと接触している?』

 

『答えろ、シルヴァー。』

 

「・・・・・・・・。」

 

残りの2人が彰に問い詰めるが、彰は目を細めたまま何も答えようとしない。

瞬く間に1人が銃を自分の胸元から引き抜くと、セーフティレバーを親指で弾くようにオフにする。

 

『事と次第によっては貴様もただではすまない。』

 

『仮にもクロウの一員だ。知らぬでは通らないぞ。』

 

鋭い眼光で2人を凝視する彰。見かねた長身の男が、2人を制止する。

 

『やめろ。パープル、マゼンダ。今シルヴァーを責めても意味がない。』

 

『ナイン・リーヴスとは関わらすな。これはレッド・アイの命令だっただろう。』

 

「今回はイレギュラーだ。」

 

そこでようやく口を開いた彰の一言で、しばらく2人は沈黙を続けたが、やがて銃をしまった。

 

『シルヴァー。もう分かっているとは思うが、藤井冬弥。最近余計な行動が目立つ。』

 

「・・・・・・・。」

 

『困るのだよ。規律を乱す事をされてはな。粛清の対象になるぞ?』

 

グシャッ!

彰の足元にあった空き缶が鈍い金属音を立てて、踏み潰された。

 

プルルルルルルー♪

『間もなく1番ホームに、死奈河(※旧 品川)方面行き夜魔手線が参ります。

 危険ですので白線の内側まで・・・

プシュゥゥゥ・・・・

夜魔手線の扉が開き、多くの人間が出入りする。

ところ狭しと動きまわる人。

・・・・虫の様だ。

ドンッ

 

『あ・・・す、すいません。』

 

冬弥の肩にぶつかった女性がおずおずと謝罪を入れると、そそくさとその場を立ち去った。

そんな事など全く気付かないまま、冬弥は夜魔手線へ乗り込んだ。

プシュゥゥゥ・・・・

景色が流れだし、都会の夜のネオンが電車の窓に映える。

目を細めながら、冬弥はあの後起こった出来事を思い起こしていた。

 

―― 「まぁ、そう警戒しなくていいさ。」

 

緒方英二はククッと笑うと、再び胸元から煙草を取り出して火をつけようとする。

 

「兄さん、私の傍で煙草吸うのはやめてっていったでしょ?」

 

・・・カチリ

ソファに座っていた女性が顔は冬弥に向いたまま、リボルバーの銃口を英二に向ける。

 

「おぃおぃ、実の兄に煙草くらいで銃口向けなくてもいいだろう?」

 

「喉にとても悪いの。副流煙・・・・。いちいち説明しなきゃ分からない?」

 

「はいはい・・・お兄さんが悪かったよ。」

 

英二は苦笑しながら、煙草を元に戻した。

 

「さてと、軽く自己紹介かな?僕は緒方英二。九葉のリーダーだ。

 君、レイヴンなんだから九葉の事・・・知ってるよね?」

 

「小耳に挟んだ程度だ・・・・存在してたのは今日初めて知った。」

 

ぶっきらぼうに答える冬弥に、英二は表情を崩しながら話を続ける。

 

「そっかそっか。まぁ・・・あまり公にされないから仕方ないかな

 

「あんた・・・・緒方英二ってのは本当か?」

 

「・・・ん?はて、他に僕と同じ名前の有名人っていたっけ?」

 

冬弥の質問の真意が分からず、ソファの女性に愛想笑いを振りまくが、女性は無視。

 

「あのデスと言われた緒方英二かと聞いているんだ。」

 

少し語気を強めた冬弥の言葉に、英二は一瞬真剣な表情になり口を噤んだが、

 

「・・・・・なに、僕ってそんなに有名人だったのか。」

 

すぐにおどけた調子に戻り、ニコニコと笑みを漏らした。

 

「まぁ、昔はそんな名で呼ばれたりもしたが、

 今は九葉の司令塔、世界樹(ユグドラシル)の英二って呼ばれてるのさ。」

 

「いつまでこんな茶番やるつもり?兄さん。」

 

そこまで英二が話すと、ソファの女性が厳しい口調で英二を非難した。

だが英二は女性の言葉に耳を貸さず、ソファに近づき女性の肩を抱くと満面の笑みを浮かべた。

 

「で、この麗しいお嬢さんが僕の自慢の妹。緒方理奈ちゃん♪」

 

「ちょ、バカ!離しなさいよ!!」

 

慌てて理奈が英二の顎に手をかけて引き剥がそうとするが、英二は気にも留めない。

その時、車両前部のドアが開き、大柄の男がぬっと部屋に入ってきた。

 

「やぁ、フランク。いい所に来た。今この青年に紹介をだなぁ・・・

 

「自己紹介?」

 

フランクと呼ばれた大男。

顎や口周辺には髭をたくわえ、瞳は淡い青色に彩られ、毛髪は若干金色がかっている。

 

「あぁ、このおっきな兄ちゃんはだな。長瀬フランク。

 うちの重火器整備担当だ。名前の通りアメリカ人のハーフだ。」

 

「隊員の自己紹介の為に、俺を呼んだんじゃないんだろう?さっさと用件を言えばどうだ!」

 

苛立ちの雑じった冬弥の声が車両に響き渡った。

 

「落ち着けよ青年。物事には順序というものが大切なのさ。」

 

理奈から離れて眼鏡をかけ直すと、英二は再び壁にもたれた。

フランクはニコニコ顔で理奈の隣に座る。

 

「ハイ、理奈。どうだった?セクシーレキシーの調子は?」

 

その一言を聞いて理奈の表情が一変した。

理奈は無言のまま、自分のリボルバーから弾丸を抜き出すと、

その弾丸を手のひら一杯に握り締め、なんとフランクに投げつけた。

 

「どうだったもクソもないわよ!!」

 

「アウチッ!?」

 

「火薬の量が多すぎるのよ!反動が大きすぎて逆効果じゃない!」

 

「ソ、ソーリィ。」

 

そんな2人の滑稽な遣り取りを見て、英二や由綺は笑った。

 

「ったくもう・・・・いい弾丸を仕入れたって言うから使ってみたら・・・おかげで・・・・

 

そこまで言いかけてハッと理奈は一瞬顔を赤らめた後、もの凄い形相で冬弥を睨んだ。

 

「あんた・・・あれで私に勝ったと思わないでよね!」

 

「何?」

 

理奈の言ってる意味が分からず冬弥は聞き返した。

 

「さっきの戦闘。いつものレキシーで殺りあっていたら、あんた死んでたんだから。」

 

どうやら、セクシーレキシーというのは彼女の銃の事らしい。

よほど先程冬弥と一戦交えて撃ち負けたのが悔しいようだ。

(・・・・なんなんだこの女は・・・。)

 

「で、最後にこの子・・・。」

 

英二はそう言って由綺の肩をポンポンと叩く。

 

「わ、私はいいです・・・今更・・・!」

 

嫌がる由綺にお構いなし。

 

「この子が九葉のエース、森川由綺ちゃんだ。青年もよく知ってるだろ。」

 

由綺はずっと目を伏せたままで、冬弥も由綺に振り向こうともしなかった。

 

「由綺がエース?は、笑わせないでよ。」

 

さりげなく理奈が毒づいたが、みな一様に聞かなかった振りをしている。

 

「由綺ちゃんの彼氏が君だと知った時は驚いたよ・・・。」

 

!?

意味深な発言が英二から発せられた直後、由綺が驚愕の表情を浮かべゆっくりと立ち上がった。

 

「ちょっ・・・と待って・・・下さい・・・・英二さん・・・・。

 それって・・・冬弥くんの正体を知ってて・・・私に黙ってたんですか・・・・?」

 

「酷い・・・!どうして教えてくれなかったんですか!!

 

目に涙を浮かべた由綺が英二の胸元を掴みかかった直後、

 

「由綺・・・。」

 

「ッ!?」

 

突然今まで由綺に対して沈黙を続けていた冬弥が呼びかけた。

 

「冬弥く・・・ん?」

 

「邪魔だ。お前は引っ込んでろ。」

 

「ッ!!〜〜〜〜〜!」

 

冷淡な冬弥の一言で、由綺は再びソファに座ると、嗚咽を漏らしながら泣き始めた。

 

「由綺。あんた男見る目ないね。」

 

容赦ない理奈の追い討ちの一言。

 

「今言った事。どういう事だ?あんたは俺を知っていたと言いたいのか?」

 

「そうだ。僕は君をよく知っている。そして君に会うのを今か今かと楽しみにしていた。」

 

ニヤリとしながら冬弥の質問に答える英二。

 

「正確には知っているというよりも調べた。」

 

「?」

 

「ちと話が逸れて申し訳ないが、どうして君は僕の誘いにのった?」

 

「なに?」

 

「どうして僕について来たのかと聞いてるんだよ。

 レイヴンの人間が他の組織の人間と関わっちゃマズイというのはよく知ってるだろ?」

 

「・・・・・・・・。」

 

「当ててあげようか?さっき僕が漏らした言葉に、君はただならぬ興味を惹かれたんだろう?」

 

「・・・・・・。」

 

「ブラッディ・アルバム。」

 

プシュウゥゥゥ・・・・

ハッ!?

『死奈河ぁ〜、死奈河ぁ〜です。お忘れ物のないよう御降り下さい。』

扉が開き、大勢の人が死奈河駅に降りていく。

慌てて冬弥も駅に降りると、そのままエスカレーターへと向かった。

縦横無尽に行き交う人の群れを掻い潜り、巨大なロータリーへ出ると、

直ぐ目の前に停車しているタクシーに乗り込んだ。

 

『どちらまで?』

 

「桐杏国際病院まで頼む。」

 

『はい。』

 

― バタン。

ブロォォォォ

・・・・。

・・・・・・・・。

「単刀直入に言おう。青年。僕らのところに来ないか?」

 

「あ・・・?」

 

「ナイン・リーヴスに入らないかと聞いてるのさ。レイヴンを辞めて。」

 

!?

その場にいた一同が驚いて英二を視線を注いだ。

 

「何・・・言ってんだ、あんた?」

 

あまりの突拍子もない言葉に思わず冬弥も笑みを浮かべる。

 

「僕は大マジだよ。青年・・・・君を九葉に欲しい。」

 

― ゾクッ

先程の恐ろしい殺気が一瞬だけ英二から発せられたのを感じた。

 

「君はもう黒鴉にいる自分自身に嫌気がさしてるだろう?」

 

「勝手な事を・・・いうな・・・。」

 

「僕が言わなくてもいずれ気付く・・・。」

 

「黙れ・・・・。」

 

キィィ・・・。

その時、車両が停車した。

 

「ユグドラシル・・・ポイントBに到着しました。」

 

フランクが入ってきた車両前部の扉が再び開き、一人の女性が入ってきた。

その女性を見て冬弥は思わず声を上げた。

 

「ッ!?・・・美咲・・・・さん!?」

 

「久しぶり・・・元気そうね・・・藤井くん。」

 

澤倉美咲・・・・・。

かつて彰の恋人だった女性である。

 

― 『お客さん、着きましたよ。』

 

「・・・ッ!あぁ・・・。」

 

冬弥は慌てて座席から背を伸ばすと、運転手に紙幣を渡すと

タクシーから降り立ち目の前の巨大な建造物を見上げた。

ポケットから松岡に貰った紙きれを抜き出す。

 

― 李韶(リーシャオ)15歳 桐杏国際病院 ―

 

カツーン・・・カツーン・・・・。

地下駐車場から裏口へと回ると、警備員のいる小さな受付窓口の前に冬弥は立った。

 

『どちらさんだね?面会時間は終了してるが・・・?』

 

「・・・公安だ。」

 

胸元から小さな証明書を取り出し、窓口の男に防弾ガラス越しに提示する。

それを見た監視の男はふてぶてしい態度で膝元のボタンを押すと、

左手の非常口のロックが外れる音が聞こえた。

・・・・・。

・・・・・・・・・・。

ベットに横たわる失語症の少女。

生気のない顔、痩せ細った体・・・見ているだけで痛々しい。

白衣を纏った男が冬弥の側に歩み寄り、静かに口を開いた。

 

「過度の精神的ショックによる拒食症及び失語症です。」

 

「・・・・・・・。」

 

「御覧の通り運び込まれて以来、ずっと現在のような状態の為、事情聴取もままなりません。」

 

「・・・彼女は・・・・今後どうなる?」

 

「それは公安の判断なので私からは何とも言えませんが、

 どちらにしても本国に強制送還されるのではないでしょうかね?」

 

「・・・身寄りはいるのか・・・?」

 

「さぁ・・・そこまではちょっと・・・。」

 

「そうか、夜分悪かったな。」

 

「いえ・・・。あの、調査か何かでしょうか?」

 

「あぁ、プライオリティの高いケースだ。(※重要度の高い事件)俺が来た事はくれぐれも内密にしてくれ。」

 

 

「はぁ・・・分かりました。」

 

松岡のおかげで少女を見つける事は出来た・・・・。

しかし、見つけて一体どうするつもりだったんだろう・・・。

冬弥に出来る事など初めからなかったのは彼自身よく分かっていたはずだった。

それでも・・・・・。

病院から出た冬弥は胸元から煙草を取り出すと、火をともし、ゆっくりと吸い込んだ・・・。

父親が射殺される直前に少女が叫んだ言葉が冬弥の脳裏に木霊した。


『爸爸・・・・可怕!』(お父さん・・・・怖いよ!)

 

冬弥の中に苦い記憶が蘇り、やるせなさが彼を包む。

・・・。

・・・・・・・・。

 

「今すぐ返事をくれとは言わない。

 もし九葉へ来てくれるのなら、僕の力で君を黒鴉から解放しよう。」

 

「・・・・・・・・・。」

 

「青年。真実を見極めるんだ。」

 

ガラララッ、ドム。

特殊車両の大型の扉が閉められ、街外れに冬弥を残したまま、車両は再び動き始めた。

 

「・・・・九葉だと真実に辿りつけるってのかよ・・・。」

 

― 馬鹿馬鹿しい。

バササササッ!

ギャァ・・・・ギャァ・・・・

 

「・・・やけに今日は鴉が騒ぐな・・・・・ん?」

 

冬弥が立ち止まった通りの先にある建物の窓に、見覚えのあるあるポスターが貼られていた。

『緒方理奈 NewSingl  ―Sound of Distiny―』

ポスターの中からこちらに微笑みかける女性を冬弥は暫く見つめると、ある事にようやく気がついた。

 

「・・・・あぁ!?こ、この女、今日の・・・・。」

 

ピーポーピーポー・・・・。

 

「・・・・・・どうなってんだ。一体・・・。」

 

予告

「もう・・・御終いだよ。俺たちは・・・。」

「そん・・な・・・・!」

別れを切り出す冬弥の言葉に泣きじゃくる由綺。 

冬弥は偽りの恋人に安らぎを求め、由綺は冬弥という人間に安らぎを求めていた。 

お互いの価値観のジレンマを解消出来ないまま、平行線をたどる2人。 

そして、起こる大規模なテロ事件、物語が動き始める。

次回BloodyAlbum『仮面同盟』