「お待たせしました、久美子さん。兄さま。」
「ごめんね、2人とも。」
車を家の門前まで移動して、待つ事10分。
ようやく2人がやってきた。
「おーう。やっと来たか。んじゃ行くとすっか。早く乗んな。」
「はい、兄さま」
「うん、行こう。兄貴。」
そう言って、千沙都と空が後部座席に乗り込んでくる。
「久美子さん、忘れモンとかありませんか?」
「はい。大丈夫ですよ。」
「んじゃ出しますよ。」
俺は車をだした。爺さんの眠る丘に向けて。
Natural2−DUO−
Fly us to the Moon
第3話 「愛のカタチ・哀な愛・藍いろの海」
俺の運転する車は海岸沿いの道を西に向かっている。
都心から2時間ほどの所にある爺さんの墓に、今日は向かっている。
助手席の久美子さんと後ろに座っている千沙都と空は楽しそうに話をしている。
よく晴れた春の休日。窓から見える海はとても綺麗で、
まさか自分にも、こんな「幸せな風景」が手に入るとは思っていなかった。
「そうだ兄貴っ。」
「ん?なんだ空?」
「ラジオ。FMつけてよ。今日の洋楽のリクエストにボク応募したんだ。」
「へぇ。お前がラジオなんか聞いてたとはなぁ。」
「えへへ。おじいちゃんが大好きだったからね。その影響かな。」
「はぁ?爺さんが?AMじゃねぇのか?浪曲とかだろ?」
「ふふ。ちがいますよ兄さま。御爺さまはFMが大好きでしたよ」
「そうですね。私と父も、よくラジオを聞きながら籐平さんとお茶をしましたね。」
「『まだまだ若いモンには負けはせん。浪曲なんぞ念仏にしか聞こえんわっ』なぁんてね。
おじいちゃんいつもそう言ってたよ。」
「・・・まったく。ハイカラな爺さんだとは思ってたけどな(笑)」
「ねっねっ。兄貴っ早くつけて。」
「わかった、わかった。あぶねぇから後ろから乗り出すな。」
後部座席から、強引に身体を乗り出してきた空をたしなめながら苦笑していると、
「翔馬さん、このボタンですか?」
と、久美子さんが運転中の俺を気遣ってコンソールのボタンを指しながら聞いてきた。
「ええっと、その下の丸いヤツ・・・そうそれです。」
「これですね?ハイ。」
「久美子さん、FM・TOKIOね。」
「はい。えっと・・・この局ですか?」
車内に軽快なDjのトークが流れ出した。
「うん。この時間だと、まだJAZのリクエストじゃないね。悩み相談のコーナーだよ。」
『今日の迷える子羊は誰かな?十三階段のコォナァァァァァァ』
「悩み相談ねぇ。高校生か中学生の恋の相談でもすんのかぁ?」
「そこッ、うるさいのっ。黙って聞いてれば分かるから。」
「へぇへぇ。」
「このコーナー面白いですよ兄さま。私も毎週楽しみにしてるんです。」
『それでは今週の相談です。ペンネーム出家したい二十歳の鬼ぃさんからです。
出家?なかなか深刻なお悩みをおもちのようですねぇ。
知得瑠先生こんにちわ。
― ハイこんにちは。
実は今俺は悩んでいます。それはもうPC版カノソをバイトの夜勤明けに
8時間ぶっとおしでやりつづけて真琴エンドに逝き着いた時よりも、さらに鬱になるくらいに。
・・・内容は良く分かりませんが、深刻さだけはなんとなく伝わってきますよ〜
俺には従兄姉がいるのですが、彼女はいわゆるキレてる女なのです。
世間ではイタイ女とも言うかもしれません。
ふむふむ。
昨日も友達の女の子と飯を食ってただけで、出刃包丁片手に4時間も追いかけられました。
結局彼女の妹達も追跡に加わり、捕まった後に受けた仕打ちは、
筆舌に尽くしがたいものがありました(号泣)
いやあれはむしろ拷問といっても過言ではないでしょう。
まずは平手での顔面殴打から始まり、俺の指をと
・・・ここからしばらくは放送で流せないような描写が続きますので割愛させていただきますね(汗)
そして最期は正座で【私は●●(従姉の本名)を愛しています】と
400字詰めの原稿用紙100枚にわたって書かせられたうえ、婚姻届へのサインを強要されました。
そこで彼女と彼女の妹達との乱闘が始まり、なんとか判を押さずに逃げ出せたのですが・・・
俺は別にその従姉と付き合っているわけでもなければ、恋人でもありません。
はっきり言って彼女は異常ですッ!!神様・仏様・知得瑠様。どうかこの哀れな男に
彼女とすっぱりと縁を切る方法を教えてくださいッ!!御願いしますッ!!
う〜ん・・・私には死徒でも再生できないような拷も・・ゲフッゲフッ、オシオキを受けて
生きている貴方の方が異常だと思いますが・・・・・
何処の世界でも自分の価値観、感情を押し付けてくる、主もあきれてしまうような迷惑な方は
いらっしゃるようですね。私の「恋人」(はぁと きゃっ)の周りにも
アーパーやら無いチチやら使用人やらの人の迷惑を顧みない、自己中心的な方が・・・話が脱線
してしまいましたね。まあとにかくっ、貴方も早く「真に自分を愛してくれるヒト」を見付ける
ことが、現状を打破する神の一手だと私は思います。
その上で一度、お互いにきちんと話し合う必要があるように思えます。
手紙の様子だと時間との勝負のような気がしますので、死なないうちに行動しましょうね(はぁと)
あなたに主のご加護のあらんことを・・・・
それではペンネーム「出家したい二十歳の鬼ぃさん」からのリクエスト
ろみひ〜轟「黄金体験2003」です。どうぞ〜』
あ痛痛 痛痛ッ
感じたんだろうか〜♪
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
車内にはなんともいえないイヤ〜な雰囲気だけが残ってしまった(汗)
ってゆうかさっきまでのうららかな休日の午前は何処に?
俺がよほど苦虫を噛み潰したような顔をしていたのだろう。
おずおずと千沙都が声をかけてきた。
「ま、まぁ愛の形は色々あるってことでしょうね。ねっ兄さま。」
「・・・あれをどう解釈すれば愛になるのかは不明だが(汗)むしろ哀?」
ゲンナリとした空気が支配する車内に、さっきの手紙の内容とは正反対の
アッパー系なリクエスト曲が虚しく響いていた。
「でも愛のカタチって言うなら兄貴もヒトの事言えないんじゃない?」
「あっ。私もそう思いますよ。翔馬さん。」
「偶然ですね。私もです。」
「 ? どういうことだ?」
意味不明な相談がなぜ俺に繋がるんだ?
「だって・・・ねぇ?千沙都。」
「まぁ私は兄さまが望むんだったら・・・」
なんか話がイヤな方向に向いてきたな・・・・
「でも少しは手加減というか、自制というか・・・とりあえず外では・・・ちょっと・・・」
・・・もしもし?久美子さん?貴女一体何を?
「兄さま・・・私も縄は良いんですけど・・・もう少し緩めてくれると・・・」
はぁっ?! 千沙都姐サン縄って!!
「おにぃちゃん・・・くうも優しいのがいいよ・・・」
空よ・・・・そんな哀しい目でおにいちゃんを見ないでくれッ。
「ハ・ハ・覇・破・・・ゼ、是、ぜ、善処致しますです。」
俺は震える手を、何とかハンドルに固定しながら、
『何だかんだ言ってるけど、キミらもノリノリだったじゃん?!』
などとは口が裂けても言う事が出来ず・・・・
『愛と哀って紙一重なんだなぁ〜』と現実逃避してみるのだった。
春の柔らかな日差しを受けた藍いろの海が・・・・やけにまぶしかった(号泣)
つづく