特級ッ!難解電哲 【ラピードα】

FM039 この世の果てで

 


「はぁ・・・はぁ・・・・!」

 

『グ・・・!』

『大丈夫か!?坂神ッ!』

 

片膝をつく坂神に声をかけつつ、太田さんを睨み付ける光岡。

彼女もまた、肩で大きく呼吸をしながら

ベコベコにヘコんだ消火器の取っ手を握りなおす。

 

「はぁ・・・はぁ・・・いい加減に負けを認めたら如何・・・?」

 

『クソ・・・クソ!!・・・クソォォォ!!認めんッ!認めんぞぉぉ!!』

『俺達は選ばれた人間だッ!貴様みたいなプロトタイプに負ける筈が・・・!』

 

「・・・涅槃で詠ってなさい。バーカ。」

 

『クソがぁぁ!!』

『太田ぁぁぁ!!』

 

・・・スゥゥ・・・。

 

「・・・・最終奥義・・・・」

 

          マブ・ラヴ
「純夏★命ッ!!」

 

ドカァァァッ!!

 

『ちょ、超ティーチャァァーーー!!・・・・。』 ドサッ

『・・・リアル・・リアリティ・・・・・。』 バタッ

 

太田さんの最終奥義が炸裂し、誰彼コンビはついに敗れ去った。

ガランゴロン・・・・。

もはや原型をとどめない消火器をその場に投げ捨て、

痛む右肩を押さえながら太田さんは顔をしかめた。

 

「はぁ・・はぁ・・・ほんっと、しつっこいんだから・・・。

 ・・・はやく長瀬くん達を助けに・・・」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

突然、地鳴りと共に放送局内が小刻みに揺れ始める。

 

「ッ!?な、なに?・・・地震・・・?」

 

ぢりぢりぢりぢりぢり

 

「きゃぁ!!」

 

ビクンッ!

 

「何・・・今の電波は・・・・。」

 

ビクンッ!ビクンッ!!

 

――― クルッテシマエ!

――― コワレテシマエッ!

 

「ッ!!な、長瀬くんッ!?」

 

周囲に飛び交うおびただしい量の毒電波に太田さんは胸騒ぎを覚えた。

 

「ク・・・何が起こったっていうの?」

 

急いで裕介達の応援に駆けつけようと、

壁際に立てかけてあった新しい消火器を手にとるが、

ふらふら・・・ペタン・・・。

意思とは逆に体は消火器の重さで尻餅をついてしまう。

 

「あ、あれ?」

 

グググ・・・・・へにゃん。

 

「あれあれ・・・??」

 

グイグイ・・・。

あんなに軽々と片手で振り回していた消火器が、

何故か今は両手で持ち上げるので精一杯。

 

「ち、力が出なく・・・なっちゃった・・・・。」

 

・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・。

 

『ぎゃぁぁぁ!!頭がぁぁあ!!』

『た、助けてくれぇ!!頭が割れそうだ!!』

 

瑞穂軍団と駐車場付近で戦闘を繰り広げていた生徒会員達が

突然苦しそうにのた打ち回り始める。

 

「な、何ですか!?何が起こったんですか!?」

 

オロオロとする藍原さんとは対照的に

 

『か、神風が吹いたんだよもんッ!!』

『アムロがアクシズから地球を守ってくれたんだ・・・。つぅー(漢泣)』

 

訳の分からない事を口走って喜ぶ親衛隊一同。

ふと藍原さんが空を見上げると、上空には雷雲のようなものが立ち込め

体中にピリピリと静電気地味たものを感じる。

・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・。

カチカチカチカチ・・・・・。

あちこちコンクリート壁に亀裂が走り、今にも崩れ去りそうなマンション。

その一戸にて長瀬負債もとい夫妻は向き合ってお茶を飲んでいた。

 

「裕介・・・遅いな。母さん、あの子は何処へ行ったんだ?」

 

「あの子、南海市内へ行くって言って出てったきりなの・・・。」

 

「・・・・グレて変な事してなきゃいいんだが・・・。」

 

「ゆ、裕介はそんな子じゃないわよ!」

 

「しかし・・・・あの子も元気になったよな・・・。」

 

「本当ね・・・・あの時はどうしようかと思ったけど・・・・。」

 

カチカチカチカチカチ・・・・。

 

「・・・そういえば、前から不思議には思ってたんだが、

 裕介の傷跡ってお前見たことあるか?」

 

「・・・・言われてみればはっきり見た事なかったかしら・・・。」

 

「そうか・・・・いや、あの出来事であんな大怪我したのに

 考えたら傷跡を見た記憶が無いんだが・・・。」

 

「へ、変ねぇ・・・・確かにあるはずなんだけど・・・。」

 

カチカチカチカチカチ・・・・・

 

「・・・ったくうるさい時計だな。これだから安物は・・・・」

 

「それよりも、あなた。」

 

「うん?」

 

「仕事、見つかった?」

 

「・・・・・・・・・。」

 

「・・・・・・・・・。」

 

「じゃ、俺はそろそろ寝るよ。」

 

ムンズッ

 

「ま、待ちなさいッ!!あなた!!」

 

「な、何だよぉ!?」

 

「寝るよ。じゃあないでしょ!!仕事探しなさいよッ!」

 

ぎゃーす!どすんばたん!!

ピンポーン♪

音程が微妙にズレたチャイムが部屋に響き渡る。

 

「あら?裕介かしら?」

 

「イテテ・・・・俺が出るよ。」

 

裕介の父親は安っぽい古びたドアの前に立つと

(まさか・・・借金取りじゃないだろうな・・・・?)

一抹の不安感を覚えながらドアの向こうの側の人物に声をかけた。

 

「裕介かぁ?」

 

『こんばんわ・・・・僕は長瀬くんの友達の・・・』

 

自分の息子と同年代の声が聞こえてくる。

 

「え・・・・?こ、こんな時間にかね?」

 

『あ、深夜遅くに申し訳御座いません。急を要するものだったので・・・。』

 

「ッ!?この声は・・・・。」

 

その声の主の正体に気付いた父親が慌てて鍵をはずし、ドアを開いた。

ガチャ。

 

「き、君はッ!?」

 

「・・・・御無沙汰しております。」

 

・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・ひゅううううう。

気が付けば巨大な渓谷に俺は佇んでいた・・・。

周囲は雨天の日のように薄暗く、風の声が響き渡っている。

 

「・・・寒い・・・。」

 

肩をすぼめながら、とぼとぼと荒れ果てた地面を踏む。

 

――― 「長瀬ちゃんの電波は・・・とってもキレイなの♪」

――― 「・・・・・・(でも)」

――― 「駄目!その声に耳を傾けないで・・・・!」

――― 「そろそろ交代だよ。もう十分でしょ?」

――― 「ボクはずっとこの時を待っていた。」

――― 「お休み・・・偽りのボク。」

 

俺の人生は・・・一体何だったんだろう・・・・。

オリジナルじゃない・・・だって・・・?偽者・・・だって?

じゃぁ・・・俺は・・・俺は・・・!!

どうすればいいんだッ!!

ドサッ

俺はその場に腰を落として項垂れた後、ポツリと呟いた。

 

「ここは・・・一体何処なんだろう・・・・。」

 

『心の深淵だよ。バカ。』

 

!?

ズズズズズ

突然目の前の地面が大きく盛り上がると、

メキメキと異音を立てながら人型へと変貌していく。

 

「・・・な!?」

 

慌てて立ち上がり、呆然と眺めていると

人型はやがて・・・・眼つきの悪い俺に成った・・・・。

 

「俺・・・・俺ぇ!?」

 

『よう・・・。』

 

俺が俺に話しかけてくる・・・・。

 

「だ・・・誰だ!!お前は!?」

 

『俺か・・・?俺は・・・俺は別人格。』

 

「ッ!?」

 

『まぁ・・・俺は出来損ないの人格だけどな。ペッ!』

 

「お、俺の人格は・・・一体いくつあるんだ・・・!?」

 

『俺で終わりだよ。3つだ、3つ。

 アイツ、テメェ、そして出来損ないの・・・俺だ。』

 

「・・・さっきから出来損ない、出来損ないって何を言って・・・

 

ドスッ!!

 

「―――ッ!グッ!!」

 

突然俺に腹部を殴られ、俺はその場にうずくまった。

 

『あ?・・・どういう意味だか分からねーってか?

 どこぞの誰かさんらに、ほとんどオイシイとこ持ってかれたからだよッ!!ボケッ!!』

 

「・・・ゲホッ!!・・・なん・・・だと?」

 

『テメェとアイツ・・・クソがッ!!形成に必要なファクターを殆ど取りやがって!』

 

「な・・・何を言ってるのか・・・分からない・・・。

 アイツっていうのは・・・オリジナルの事か・・・・?」

 

『あ?』

 

「よく分からないが、俺もお前も・・・フェイクって事だろ?」

 

『テメェ・・・何すっとぼけた事言ってやがる?』

 

「・・・・・?」

 

『アイツがオリジナルだって?ハンッ!笑わせるぜ!!』

 

「えッ?!」

 

『オリジナルなんてのはとっくにいねーんだよ!

 何故なら、オリジナルであるナガセユウスケが分裂した結果、

 俺達が形成されたんだからな。』

 

「なん・・・だって・・・!?」

 

『アイツは自分こそがオリジナルだとほざいてるが笑わせやがるぜ。

 ただ単にユウスケの毒電波という能力ファクターを独占したフェイクの分際でよ!』

 

――― 一体どうなっているんだ?

――― 俺とオリジナルの反転。

――― 長瀬裕介という人間の内側で閉じ込められたままの本来の長瀬裕介。

――― 今まで長瀬裕介として生きていた俺という偽者。

 

この出来損ないは・・・オリジナルはすでに居ないと言っている・・・・・・。

俺の戸惑う表情が面白いのだろうか?出来損ないがニヤニヤと笑いながら話を続ける。

 

『いいかぁ?足りねー脳みそフル稼働させて聞けよ。

 オリジナルは月島瑠璃子の母親の仕掛けた時限爆弾で一度分解した。

 で、毒電波というブラック(危険)なファクターだけを抽出し、凍結。

 またオリジナルとして人格再結合させるというのが本来のプロセスだったんだよ。』

 

―ッ!!なん・・・だと?


『ただ、ここで問題が起こった。あの医者も万能じゃなかったって訳だ。

 結果、テメェ・・・俺・・・・アイツという3人格、3つのユウスケが生まれた。

 でだ、人格としてまともに形成されたのはテメェとアイツ。

 俺はと言うと、残されたカスで組上げられた出来損ないだッ!!』

 

「じゃぁ・・・じゃぁ・・・今、俺を支配してるのは

・・・オリジナルじゃなくて・・・!!」

 

『あー、毒電波満載の危険な野郎だな。ハハハッ!』

 

―ッ!!

 

「・・・・クソッ・・・!」

 

『おぃおぃ、何処へ行くつもりなんだよ?』

 

「元の世界へ戻るのさ・・・・アイツの好きにはさせられない・・・・!」

 

俺が周囲を見回しながらそう言うと、

出来損ないは一瞬ポカーンと呆けた表情を見せた後、

 

『・・・・ハハハッ!!』

 

大声で笑い始めた。

 

『馬鹿か?お前。お前があの毒電波を操るアイツから人格を奪取出来るとでも?』

 

「・・・・・・・・。」

 

『無理に決まってんだろ?ボケッ!そもそも今までアイツを閉じ込めていた檻を、

 テメェが開けちまったんだからな。』

 

「俺が・・・アイツを・・・解放したっていうのか・・・・。」 

 

『チッ。くだらねぇぜ・・・。【俺達を出せ】とテメェに言えたまではいいが・・・・

 どうせ、俺は人格として未完成な存在だ。すぐに自我崩壊を起こすだろうな・・・。』

 

そう吐き捨てるとソイツは、俺を睨みつけた。

 

「ッ!!・・・お、お前だったのか・・・・ラジオから俺に語りかけてきたのは・・・!」

 

『あーあ、結局アイツの一人勝ちかよ・・・・。』

 

「俺は・・・俺はどうすれば・・・・!!」

 

『テメェの出番はもう終わったんだよ。バトンタッチってとこだな。』

 

「!?」

 

『言うなればゲームプレイヤーが変わっただけだ。

 テメェというプレイヤーが長い間長瀬裕介という人間を操作し続けた。

 結果、とあるところでミスをした。

 だからアイツというプレイヤーに切り替わっただけだな。ケッ。』

 

――― 長瀬ちゃんの電波は・・・・。

――― ・・・香奈子ちゃん、やっぱり長瀬ちゃんには・・・・。

 

瑠璃子さん・・・君は・・・こうなる事を予見していたのか・・・・?

 

 

ぢりぢりぢりぢりぢりぢりぢりぢり

 

「あははははははははははははははははは!!!!」

 

まるで今までの溜まりに溜まった喜怒哀楽を吐き出すように、

キレたような声で笑い続けるユウスケ。

 

「・・・・ジ・アトミック・ボム・ドーム・・・・。リ、リピート・・・・。」 ビクンッビクンッ

 

その傍では月島がブツブツと何かを呟きながら白目を剥いて痙攣している。

 

「な、長瀬・・・ちゃん・・・・・。」

 

「ボクは選ばれた人間なんだ!ハハハハッ!!

 みんな、ボクを崇めてよッ!称えてよッ!!」

 

「長瀬ちゃんッ!!」

 

ピクッ

瑠璃子さんの呼びかけに、ユウスケは心底ウザそうな表情で振り返った。

 

「なに?まだ居たの?お姉ちゃん・・・。」

 

「戻ってきて!長瀬ちゃん・・・!!頑張って・・・・!!」

 

「・・・・無駄だって。アイツはもうここにはいないよ。」

 

「長瀬ちゃん!!」

 

「ふふ・・・今までボクが閉じ込められていた深淵を今度はアイツが彷徨う番だね。」

 

そう言ってユウスケはせせら笑うと、倒れている生徒会員達を足蹴にした。

 

「人間ってさ。脆いよね?・・・・ちょっと脳に刺激を与えただけで

 すぐに壊れるんだから・・・・。フフフ・・・。」

 

グイグイ

 

『う・・・あ・・・。』

 

ユウスケに踏まれた生徒会員は小さなうめき声をあげる。

 

「や、やめてよ・・・・。」

 

「ボクに指図する気ッ!?」

 

ぢりぢりぢりぢりぢりッ!

 

「きゃあッ!!」

 

「どいつもこいつも偉そうにッ!ボクに劣るクセにッ!

 頭くるんだよね!みんなボクより格下なんだよ?」

 

バァン!

その時、スタジオの扉が開かれ、戦いの女神がようやく現れた。

 

「・・・香奈子ちゃん!」

 

「ハァ・・ハァ・・・!ぶ、無事なの瑠璃子ッ!?一体どうなって・・・。え?」

 

太田さんは瑠璃子さんから視線をユウスケに移した途端、絶句した。

 

「・・・・・。」

 

「長瀬くん・・・・?よ・・・ね?」

 

「香奈子ちゃん・・・・。」

 

―― コノヒト・・・ナガセクンジャナイ!

 

「だ、誰よ・・・瑠璃子・・・その人・・・!」

 

太田さんの足がガクガクと震えている。

 

「へぇ・・・分かる人もいたんだ・・・・ボクの力を肌で感じれるんだ?」

 

「・・・・ッ!」

 

「気に入ったよ。お姉ちゃん・・・ボクの仲間にならない?」

 

「こ、来ないで・・・!」

 

ニコニコしながらにじり寄るユウスケに対して、

恐怖に顔を引きつらせた太田さんは、震える足を引きずるようにして後ろへと下がる。

 

「分かってるんでしょ?ボクには誰も逆らえない。ボクの力には誰も・・・」

 

「来ないでって・・・・言ってるでしょうッ!!」

 

トン。

強がってはいるものの、いつの間にか入ってきたドアにまで後退していた太田さんは

ズルズルとその場にへたり込んでしまった。

その直後・・・・

バッ!!

!?

 

「なッ!?」

 

瑠璃子さんが背後からユウスケに抱きつくと同時に至近距離から電波を叩き込む。

ちりちりちりちりちりちり

 

「なにすんだよ!は、離せよッ!!」

 

「違う・・・・・長瀬ちゃんは・・・・こんなに冷たくない!!」

 

「な、なにぃ!?」

 

「オリジナルとか・・・そんなの・・・関係ないッ!

 長瀬ちゃんは・・・ワタシの好きな長瀬ちゃんは・・・

 もっと・・・・暖かいのッ!!」

 

「離せッ!離せよッ!!このぉぉ!!」

 

ぢりぢりぢりぢりぢりッ!!

 

「きゃああ!」

 

「る、瑠璃子ッ!!む、無茶よ・・・お願い、やめて・・・やめてッ!!」

 

「もう嫌なのッ!・・・これ以上・・・好きな人達が壊れていくのは見たくないのッ!!」

 

「クッ・・・このぉ・・・そんなにボクの爆弾をくらいたいのかッ!!」

 

― どくん

 

「グッ!・・・まだ完全に眠ってなかったのか・・・・!アイツッ!!」

 

ちりちりちりちり
ぢりぢりぢりぢり

 

「何をする気なんだよッ!!」

 

「長瀬ちゃ・・んに・・・呼びかけて・・るんだよ・・?」

 

凄まじい量の電波が周囲に飛び交い、恐ろしいまで共鳴がスタジオ内を包む。

どぉぉおおおん!!

ぢりぢりぢりぢり・・・・・・・ちり。

 

「る・・りこ・・・瑠璃子ッ!!」

 

閃光と大音響が響き渡り、煙が立ち込めた後

スタジオ内にはユウスケと瑠璃子さんが重なるように倒れていた・・・。

・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・。

 

「クソォッ!!どうなってるんだ!」

 

幾ら走りまわっても気が付けば同じところをグルグルと回っている。

 

「こ、これが・・・深淵ってヤツかよ・・・!」

 

ズズズズズ

 

『だからよ〜無駄だって言ってんだろ?』

 

出来損ないが呆れた表情を浮かべながら、寝そべって欠伸をする。

 

『いい加減諦めろタコ。次に入れ替わる機会が来るまではどうしようもねーよ。

 ・・・・っつーても、そんな機会二度と来ねーだろうがな。』

 

「・・・クソッ!」

 

ちりちりちりちりちりちり

!?

 

「ッ!?」

 

『ッ!!な、なんだぁ!?』

 

ぢりぢりぢりぢりぢりぢりぢりぢりぢり
ちりちりちりちりちりちりちりちりちり

グオンッ!

突如俺達の前に巨大な火の玉みたいなものが現れたかと思うと、

ブォオオオオオオオ!!

今度はそれが物凄い勢いで膨張を始めた。

 

「う、うわぁあ!?」

 

『な、なんじゃこりゃぁぁ!?』

 

俺と出来損ないはそれに巻き込まれていく・・・・・。

・・・・・・・・・。

・・・・ぴちょーん、ぴちょーん。

・・・水?

意識を失っていた俺は、目を覚ますと上半身を起こした。

すると目の前に瑠璃子さんが倒れている。

 

「る、瑠璃子さんッ!!」

 

急いで瑠璃子さんのもとに駆け寄り、抱きかかえた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・ッ!!」

 

彼女は苦しそうに息をしている。

 

「ど、どうして瑠璃子さんが・・・!?」

 

辺りを見回すと、周囲は暗闇で包まれた空間。

何時の間にか出来損ないが深淵と呼んでいた渓谷ではなくなっていた。

 

「クッ!信じられない!ボクの意識層にまで進入してくるなんて!」

 

!?

どくんどくん・・・

早まる鼓動を感じつつ後ろへ振り返ると・・・・

幼い頃の姿をした俺がこちらへ歩みよって来ていた。

 

「まさか、深淵でキミに会うとは思わなかったよ。」

 

「お、お前が・・・ブラックファクターを受け継いだ俺・・・・!」

 

「・・・・誰から聞いたの?」

 

「出来損ないから聞いたぞッ!お前は長瀬裕介から俺と一緒に分裂した人格だろ!」

 

「違うッ!ボクこそオリジナルだッ!!キミと一緒にするな!」

 

キィンッ!キィンッ!!

!?

 

「う・・・!痛ぅッ!!」

 

ユウスケが怒鳴った直後、氷を叩くような音が聞こえ

途端に激しい頭痛に襲われる。

 

「な、なんだ・・・今の・・・クソッ!」

 

頭を押さえながら顔をしかめる。

 

「な、長瀬ちゃん・・・その子は、自我パルスで長瀬ちゃんを攻撃してるの・・・!」

 

「自我パルス!?」

 

「自分自身の心(脳)の中なんだから、毒電波じゃダメだから!」

 

「ッ!?自分の体内の生体電流か!!」

 

「クッ!!お姉ちゃん・・・・どこまで邪魔すれば・・・気が済むんだよッ!!」

 

ユウスケはあっさりと瑠璃子さんに攻撃方法をバラされた事が腹を立てているようだ。

 

「・・・その通りだよ。ここで毒電波を放出すればボク自身を傷つける。

 だけど、ボクはこういう方法でキミを攻撃できるだ。」

 

キュインキュイン・・・

 

「だ、だったら俺自身の心でもあるんだから・・・防げるッ!!」

 

バッ!と俺は勢いよく立ち上がって、いつもの電波を送信する構えをとるが・・・

バチバチバチッ!

 

「あ、あぷすッ!?」

 

構え虚しく直撃をくらう。

 

「・・・だ、だめじゃん・・・瑠璃子さん・・・・。」 ガクリ

 

「当たり前だよ。ボクがどれくらい深淵(ここ)にいたと思ってるの?

 扱い方を熟知してるボクに勝てる訳ないだろ。」

 

「これ以上虚しい事をするのは止めろよ。何がお前をそうさせる・・・?」

 

「ウルサイッ!もともとお前はボクの一部だろうが!!

 ボクがオリジナルなんだッ!!ボクが長瀬裕介なんだよッ!!』

 

キュインッ!!

 

「俺も・・お前も・・・同じオリジナルの一部じゃないか・・・どうしてそんな事を言うんだ?」

 

「今まで苦しい事は何ひとつ味わっていないクセにッ!!

 嫌な事は全てボクが味わってきたんだ・・・・!!!!」

 

キィィンッ!!キィンキィン!!

ユウスケの攻撃は激しさを増す。

 

「ぐぅ・・・!!や・・・止めるんだ!」

 

「お前に何が分かるっていうんだよッ!!

 ボクが今までどれだけ辛い目に会ってきたか・・・!!

 お前には分かる訳ないだろうッ!!」

 

「止めてッ!止めてよぉッ!!」

 

瑠璃子さんがうずくまる俺を抱きしめると、ユウスケを制止しようと必死に声を荒げた。

 

「る・・瑠璃子・・・さん!」

 

「そうさ・・・だから認めさせてやるんだ・・・ボクの偉大さを。

 ボクは先駆的な力を身につけたんだ!

 他の生物よりも身体的能力に劣る人間の中で

 ボクだけが与えられたこの力を使って、みんな支配してやるッ!!」

 

ちりちりちりちりちり

 

――― 『裕介君・・・あの子を・・・助けてあげて・・・・。』

 

・・・・・・分かってるよ・・・月島先生・・・。

 

「・・・・・・・・・・。」

 

「何とか言えよッ!」

 

「とんだ・・・駄々ッ子だな・・・!!」

 

「ッ!!な・・・なんだって・・!!」

 

「な、長瀬ちゃん!」

 

「ごめん、瑠璃子さん。・・・心配かけてばかりだね・・・。」

 

俺は瑠璃子さんの肩を掴むとゆっくりと起き上がり、ユウスケと対峙した。

 

「何強がり言ってるの?今のオマエの状況くらい分かってるだろ?」

 

人を小馬鹿にしたような表情でユウスケが再び攻撃を繰り出してくる。

キィンッ!!・・・カァアンッ!!

しかし、肉眼では見えないユウスケの攻撃は、

俺の目の前で何か硬いものにぶつかるような音を立てて消滅していった。

 

「ッ!!え・・ボ、ボクの攻撃が・・・弾かれた!?」

 

「・・・・・・・。」

 

「ど、どうして・・・!?どうしてオマエがボクの攻撃を・・・・!!」

 

「・・・天才だからだ。」

 

「クッ!!このインチキ天才バカボンドめッ!!」

 

キィィィンッ!!

・・・スッ

無言で俺は手を前に差し出す。

キュイイインッ!!

ユウスケが攻撃を繰り出すより早く、

お返しとばかりに今度は俺が自我パルスをユウスケに放った。

 

「ッ!!うわあああ!!!」

 

ドサッ!

攻撃する事には慣れていても、攻撃を受ける事には慣れていなかったのだろう。

外見同様に子供特有の浅はかさが見えたような気がして俺は虚しくなった。

 

「これで分かっただろう?・・・もう俺にこの攻撃は通用しない。」

 

「・・・・・壊してやる・・・壊してやる!!」

 

ぢりぢりぢりぢりぢり

 

「お、おい!待てよ!ここで毒電波を使うと・・・!!」

 

「うるさいッ!お前なんか消えちゃえッ!!」

 

ぢりぢりぢりぢりぢりぢりぢり

 

「・・・・・この・・・・分からず屋めッ!!」

 

ちりちりちりちりちりちりちり

ぢりぢりぢりぢりぢりぢりぢり

ちりちりちりちりちりちりちり

ぢりぢりぢりぢりぢりぢりぢり

ちりちりり・・・・

ぢり・・・・

 

「ッ!?そんなッ!!どうして・・・!?ボ、ボクの毒電波が・・・・!!」

 

「ようやく気が付いたんだ。

 お前が陰だとすれば、俺は陽。

 そして・・・もう俺は迷わない。全て・・・理解したんだ・・・。」

 

「・・・ちくしょう・・・ちくしょう!!

 

「ごめんな・・・・。」

 

「ッ!?」

 

「俺、意図的に嫌な事を忘れようとしていた・・・・・・。

 今なら・・・・・分かるよ。お前の気持ち・・・。」

 

「何・・・言ってるんだよ!分かるわけないよ・・・オマエにッ!!」

 

「・・・・・・・・。」

 

「・・・・・みんな勝手なんだよ。人間なんて嘘つきばかりだよ。

 ボクが苦しんでる時に、誰もまともに相手しなかったんだから・・・!」 

 

「月島先生は分かってくれただろう?」

 

「先生だってッ!!結局ボクの事を閉じ込めたじゃないかッ!!」

 

「それはお前がそう思い込んでるだけだ!

 月島先生は俺達を助けようとしてたんだぞ?

 ただ・・・先生の考え通りには行かず・・・俺達が形成されてしまったんだ。

 もし月島先生が生きてたら・・・きっと助けてくれたハズだ・・・・。」

 

「出鱈目言うなッ!適当に憶測で物を言いやがって・・・

 

「お母さん・・・長瀬ちゃんの事いつも話してたんだよ?」

 

!?

 

「お母さんは忙しくて中々家に帰ってこれなかったけど、

 いつもいつも必ず電話してくれたの。

 でね・・・事故で死んじゃう数ヶ月前から長瀬ちゃんの事を話してたの。」

 

「・・・お姉ちゃんまで・・・・そんな出鱈目を・・・・!」

 

「お母さん、言ってた。

 長瀬ちゃんを放っておけない。絶対助けたいって。

 何故なら、長瀬ちゃん・・・お母さんの子供の頃と同じだからって・・・。」

 

「・・・う、嘘だ・・・そんなの嘘だ!」

 

「知らなかったでしょ?お母さん・・・子供の頃何度も何度も死のうとしたんだよ?

 お母さんも自分の力のせいで苦しんで、苦しんで・・・・

 気が変になりそうなくらい辛いめに会ったって言ってた。

 だから、長瀬ちゃんを見ると昔の自分を思いだすんだっていつも言ってたの!!」

 

「そんなの嘘だッ!!ボクの苦しみなんて分かるものかッ!!

 

ゴツンッ!!

 

「いい加減にしろよ、お前。」

 

「〜〜〜!あ、頭殴ったな!!」

 

「殴って悪いか!どうせ俺の頭だ。」

 

「な、なんてヤツだ・・。」

 

「意地になってないでさ・・・・もう俺達戻ろうぜ?

 ・・・本当は支配とか征服するとか・・・どうでもいいんだろう?」

 

「・・・・・・。」

 

「こうお前を見てたら・・・なって言うか・・・確かに俺のガキの頃って

 ・・・そうとうヒネクレてたよな・・・ハハハ・・・。」

 

俺は苦笑しながらユウスケの頭を撫で、ユウスケは俯いたまま何も喋ろうとしなかった。

そんな俺達二人の手をとって、瑠璃子さんが優しく微笑みかける。

 

「・・・さぁ、帰ろう?みんなのところへ・・・・。」

 

「・・・ッ!」

 

―― 『さぁ・・・裕介くん、みんなのところへ帰りましょう・・・・。』

 

微笑む瑠璃子さんが子供をあやすように頭を優しく撫ぜると、

ユウスケはボロボロと涙を流しながら跪ずき、

ガックリと項垂れながら弱々しい声で呟いた。

 

「月島先生・・・月島せんせぇ・・・!」

 

ぶわっ

 

 

 

――― バスケがしたいです・・・・。

 

 

 

し〜〜〜ん

み、三井寿15歳・・・?

 

「あー・・・おほんッ!・・・さぁ・・・帰ろうか?」

 

俺はユウスケを背負うと、瑠璃子さんと一緒に光の射す方へと歩き始めた。

さぁ・・・ひとつに戻ろう・・・・

そして・・・帰ろう・・・・。

・・・・みんなのもとへ・・・・・。


――― ボク・・・もう寂しい思いをせずに・・・済むのかな?

――― あぁ。みんながいる。もう寂しくない。

――― ボクの電波・・・みんなが怖がるかも・・・。

――― 使い方次第だ。俺達はもう十分コントロール出来るだろ?

――― お腹空いた・・・・。

――― まったくだよ。早く母さんのご飯が食べたいよ。

 

スウゥゥゥゥ

背中の重みが消えていく。

ユウスケが消えていく。

俺の中へと・・・ユウスケは静かに沈んでいったのだ。

つぅ・・・。

 

「・・・長瀬ちゃん・・・。」

 

いつの間にか俺は泣いていた。

ぎゅっ

瑠璃子さんは俺の手を握った後、なでなでと俺の頭を撫ぜた。

コツ、コツ、コツ・・・・

ッ!!

不意に足音が聞こえた直後、出来損ないが俺達の前に立ちはだかっていた。

 

「な、長瀬ちゃん・・・。」

 

「ここで待ってて。」

 

一歩先にいた瑠璃子さんの肩をポンと叩くと、前へと進み出る。

 

『・・・・・・・。』

 

「・・・・・・・。」

 

暫くお互い無言で見詰め合っていたが、やがて

 

『・・・・負けたよ。お前の勝ちだ。裕介。』

 

出来損ないはフッと苦笑すると、俺の方へと歩みよって来た。

 

「ありがとう・・・ユウスケ。」

 

スゥゥゥ

俺と重なり、俺の中へと消えていった。

・・・・ドクンッ!

 

「グッ!!」

 

突然体の内側から破裂しそうな苦痛が襲い掛かり、俺は思わず膝をついた。

 

「長瀬ちゃん!?」

 

ドクンッ!ドクンッ!!

 

「し、心配・・・いらない・・・・!!

 長い事・・・バラバラだったんだからな・・・・

 オリジナルに結合する反動くらい・・・くるわな・・・・!」

 

ドクンドクンドクンッ!!

 

「ガハッ!!」

 

「長瀬ちゃん!しっかりしてッ!!」

 

ゴゴゴゴゴゴゴッ!!

体がゆっくりと透けていくのが分かる。

 

「る、瑠璃子さん!先に行くんだ!!」

 

「ッ!で、でも長瀬ちゃ・・・

 

「いいから!!早く戻るんだ!・・・俺も後で・・・必ず・・・・

 

ゴゴゴゴゴゴゴ

ブツンッ。

――― あーあ、またブラックアウトかよ・・・・。

・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・。

ちりりーん・・・。

ちりりりりーーん。

 

「・・・・・・・・・・。」

 

小さな鈴の音が聞こえたかと思うと、

まるで雲の平原のような場所に俺は佇んでいた。

 

「・・・・・ここは、どこだ?」

 

『―――驚いたな。まさかここに人が来るなんて・・・。』

 

「ッ!!」

 

背後で声が聞こえ慌てて振り返ると、

一人の男性が大きめのチェアに腰掛けていた。

俺より幾つか年の離れたその男性は上下とも真っ白な服を着ており、

隣には小さなテーブルと、その上にちょこんと骨董染みた鈴がひとつ。

ちりりーーん。

 

 

「こ、ここは一体・・・・?」

 

『ここかい・・・・?

 そうだな・・・・【永遠の世界】とでも言うのだろうか。』

 

「永遠の・・・世界・・・・。」

 

『時間も生命も・・・全ての事象が存在しない世界。』

 

「・・・ッ?だ、だけど俺も貴方も居ますよ・・・?」

 

『俺達自身はこの世界には存在しないのさ。

 そうだな・・・いうなれば、この世界を垣間見てるだけと言うべきか。』

 

「じゃあつまり・・・俺達は・・・意識だけがここに潜り込んでるって事ですか・・・?」

 

『そういうことに、なるね。』

 

ちりりりーーーん。

 

「・・・・・あの、貴方はここで何を・・・してるんですか?」

 

『俺かい・・・?俺は・・・ある人を待っているんだ・・・・。』

 

ちりりーん。

 

「こんなところで・・・人を・・・?」

 

『あぁ・・・大切な・・・すごく大切な人を・・・

 ずっと俺はここでその人が来るのを待っているのさ。』

 

うすうすは感づいていたが、俺はこの時点ではっきりと実感した。

この人も・・・俺と同じ能力者なんだと。

そして・・・この人の場合は・・・なんというか・・・

俺の電波とか・・・他で言う超能力とか・・・

そんなものとは次元がかけ離れている人だと感じた。

 

「・・・・・・・。」

 

『俺は・・・過去にとらわれた人間だった・・・・。

 それを償う為・・・と言うべきなのかな。』

 

「償い・・・ですか・・。」

 

そこまで話すと、その人はフッと微笑んで椅子から腰を上げた。

 

『戻った方がいい。ここは君が来るべき場所じゃない。

 それに・・・・君にも帰りを待つ人達がいるだろう?』

 

「・・・・・・俺を待つ人・・・・ですか。」

 

『あぁ・・・君にもいるはずだろ?』

 

「・・・・・・・・。」

 

『・・・・どうしたんだい?』

 

「も、戻り方教えてくれませんか・・・・?」

 

少し赤面しながら俺が尋ねると、男性はキョトンとした表情を浮かべたが、

すぐにクククと笑いを漏らし始めた。

 

『なんだ・・・ハハハ。

 ここへ来れたのに戻り方は知らないのかい?』

 

「はは・・・その・・・なりゆきで来たもので・・・・。」

 

『・・・簡単だよ。君を待ってる人の事を思い、

 そして戻りたい気持ちがあるのなら・・・自然に道は開かれるよ・・・。』

 

「・・・・・待っている人・・・戻りたい気持ち・・・・。」

 

スッと目を細めると、みんなが俺を呼びかけてくれているような気がした。

――― 長瀬ちゃん・・・・

――― 長瀬くん・・・

――― 長瀬さん・・・・

――― 裕くん・・・

――― 裕介・・・・

――― 長瀬・・・

――― たけし・・・・

――― ゴッド・・・

――― エメリャーエンコ・ヒョードルゥ・・・。

ポォォォ

 

「・・・あ!」

 

俺の体が発光したかと思うと、柔らかい光が俺を包んでいく・・・・。

シュウウウウ

指先から徐々に体が薄れていく。まるで霧が晴れるように・・・・。

 

『さよならだ。』

 

「・・・・帰れる・・・?」

 

『もう、こんなところに来るんじゃないよ?』

 

「あ・・・あのッ!」

 

『?』

 

「その人は必ず来ますッ!必ずッ!!だから・・・・!!」

 

何故この時、こんな事を口走ったかは分からない。

だけど、こう言わずには・・・要られなかった。

そんな保障はないし、俺が言うべき事でもないのも分かってた。

・・・あまりにもその人は儚く見えた・・・・。

 

『あぁ・・・・そう信じているよ。』

 

シュゥゥゥゥーーーーーー。

 

『そう・・・信じてるさ・・・・。』

 

光に包まれた裕介の姿が霧状となって消え去るのを確認した後、

青年は振り返り、テーブルの上にあった小さな鈴を指で鳴らした。

チリリーン・・・・

刹那、

(――――浩平・・・・。)

青年の脳裏に浮かび上がる眩いばかりの彼女の笑顔・・・・。

 

『・・・・瑞佳、君を待ってもうどれくらいの時が経つんだろう・・・・。』

 

寂しげな微笑を浮かべながら、青年は再び椅子に腰をかけて眠りにつくのだった・・・・。

 

――― さぁ・・・帰ろう・・・。

――― みんなの元へ・・・。

――― 俺を待っててくれる人の為に

――― そして、俺(ボク)の未来の為に

・・・・・。

・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・。

 

「長瀬くんッ!!しっかりしなさいッ!!長瀬くんッ!!」

 

「・・・・・・・・。」

 

光の世界から一転して暗闇の世界へと帰ってきた俺の耳に太田さんの声が響き渡った。

瞳をゆっくり開けると・・・すぐ目の前に太田さんの顔が見えた。

 

「・・・太田・・・さん?」

 

「長瀬くんッ!!私よ!分かるッ!!」

 

「あぁ・・・そん・・な、大声出さなくても分かるよ・・・。」

 

そう呟きながら俺が苦笑すると、

ギュッ!!

突然太田さんが窒息しそうになる程、俺の頭部を自分の胸に押し付けた。

 

「・・・ふぉ!?ふぉおおふぁふぁんッ!!ふぉっふぉ!ふ、ふるふぃ!!」
(※お!?太田さんッ!!ちょっと!く、苦しいッ!!)

 

「・・・・よかった・・・ほんとに・・・よかった・・・・!!」

 

「・・・・ぷはぁ〜!!く、苦しかったッ!!」

 

太田さんは涙目になりながら、俺を睨み付けていた。

 

「・・・・太田さん?」

 

「もう!瑠璃子も貴方も馬鹿よッ!!無茶苦茶よッ・・・!!

 瑠璃子はまだ良かったけど・・・貴方、一時呼吸してなかったんだから・・・!!」

 

「お、大仕事をこなした俺に・・・・労いの言葉はないんかいッ!!」

 

「知らないわよ・・・馬鹿。・・・・・ほんとに・・・ありがとう・・・・!」

 

「・・・・・。」

 

俺は苦笑しながら、太田さんの肩をポンッと叩くとふらつく足で立ち上がった。

ちらりと倒れている月島を一瞥すると、奴はグッタリと倒れたままだ。

・・・・オリジナルの拓也さんは大丈夫なのだろうか・・・?

何しろ派手に『インソムニアック』を炸裂させたものだから、正直心配だ。

 

「瑠璃子さんは大丈夫かい?」

 

「えぇ・・・瑠璃子は単に気を失ってるだけみたい・・・・。」

 

「そっか。」

 

ボロボロに破けた服を指で弄りながら、深くため息をついた矢先だった・・・・。

 

「ハッ!な、長瀬くんッ!!後ろッ!!」

 

「え・・!?」

 

ぢりぢりッ

 

――ッ!?

刹那の出来事だった。

アイツの行動を予測出来なかった俺のミス・・・。

 

「しまったッ!!」

 

「あ・・・う・・・!!」

 

「た、拓也ッ!!」

 

目の前には倒したはずの月島が、物凄い形相で瑠璃子さんを掴み上げていた。

 

「驚いた・・・・あの爆弾をくらってまだ生きていたのか・・・!?」

 

「ククク・・・ゲフッ・・・!ゲ、ゲヘヘ!!

 さす・・・がに・・・・もう俺俺俺のし、思考は・・・ボロボロだ・・・・。」

 

「・・・・・・・なんてしぶとい奴なんだ・・・!」

 

「砕け散った精神をシュシュシュ修復スルのに・・・さぞ時間がかかるだろう・・・な。

 ゲヘヘ・・・・。へへへへ!!

 予想・・・ガイだぜ・・・長セ・・・ユウ介・・・・

 おまへが・・・これほどの能力シャシャ。だたとは・・・な・・・。」

 

「・・・・・クッ!」

 

「どこまで・・・腐ってるの!貴方・・・!!」

 

ギリギリと太田さんが歯軋りをしながら、月島を睨み付ける。

 

「おっと!!・・・動くん・・・蛇ネーZO?

 うごい・・・たら、ルルルル瑠璃子の・・・首を・・・へし折って・・・Yaる!」

 

メリメリメリ・・・・。

 

「く・・・あぁ・・!」

 

苦痛に顔を歪ませて、瑠璃子さんの口から細い声が漏れる。

 

「瑠璃子さんッ!!」

 

恐らく毒電波で自分の脳に異常な刺激を与えたのだろう。

月島の腕はみるみる常人の3倍くらいに膨れ上がっていた・・・・。

奴が言う通り、今なら簡単に瑠璃子さんの首を折れる!

俺が『インソムニアック』をイメージ化し、

月島に叩き込むのに数秒の時間がかかる以上・・・事態は深刻だ・・・・。

ぢりぢりぢりぢりッ!!

!?

月島がもう一方の手で俺を指差すと、スタジオ内の機材が中を浮き、

直後、猛スピードで俺に襲い掛かってきた。

ガンッ!!

ドスゥッ!!

ザシュッ!

 

「グッ!!」

 

「長瀬くんッ!!」

 

テレビカメラ用の大型の三脚などが俺の腹部を容赦なく叩きつけ、脚部を切り裂いていく。

 

「クク・・ク・・・で、電波では・・・貴様を・・・ここ、殺せないから・・・な!」

 

めりめりめり!

スタジオ天井部の巨大な照明機材が嫌な音を立てながら、グラグラと動き出す。

・・・・まずい・・・流石にアレを喰らったら・・・!

 

「ゲヘヘヘ!殺してやる・・・殺してやるぞ!長瀬裕介ェェーー!!」

 

――― ドクンッ!

その時、月島のカラダが一瞬大きく波打つと、奴の体は硬直した。

 

「ガッ!?か、体が・・・!!」

 

―――― 『そこまでだ・・・!もうお前の好きにはさせない・・・・!!』

 

「グッ、拓也・・・・貴様ぁああ!!!」

 

「・・・・・そうか・・・オリジナルの月島拓也さんか・・・。」

 

多分俺の『インソムニアック』でのダメージが大きかった為、

支配されていた拓也さんの精神が奴の体を機能の一部を奪取する事に成功したのだろう。

月島の腕からズレ落ちる瑠璃子さんを、すんでのところで太田さんが抱きかかえる。

 

「・・・さようなら。」

 

俺は冷たい眼差しで月島を見据え、そう呟いた。

 

「ひっ!?」

 

「な、長瀬くん!待ってッ!!またさっきのような攻撃は・・・」

 

ちりちりちりちりちり

 

「ッ!?・・・ヘ・・・な、なんとも・・・ないJYAないか。

 ゲヘヘヘヘ!お、おお脅かしやがってて・・・・て?」

 

3.1415926535

 

「な、なん陀・・・・!?」

 

「太田さん・・・安心してよ。もう『インソムニアック』は使わない。」

 

8979323846

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

「あ、頭の中de・・・・!?き、ききき貴様ッ!!一体・・・・!?」

 

2643383279 5028841971 6939937510 5820974944
5923078164 0628620899 8628034825 3421170679
8214808651 3282306647 0938446095 5058223172
5359408128 4811174502 8410270193 8521105559
6446229489 5498038196 4428810975 6659334461
2847564823 8786783165 2712019091 4564856692
3460348610 4543266482 1339860726 0249141273
7245870066 0631558817 4881520920 9628292540
9171536436 7892590360 0113305305 4882046652
1384146951 9415116094 3305727036 5759591953
0921861173 8193261179 3105118548 0744623799
6274956735 1885752724 8912279381 8301194912
9833673362 4406566430 8602139494 6395224737
1907021798 6094370277 0539217176 2931767523
8467481846 7669405132 0005681271 4526356082
7785771342 7577896091 7363717872 1468440901
2249534301 4654958537 1050792279 6892589235
4201995611 2129021960 8640344181 5981362977
4771309960 5187072113 4999999837 2978049951
0597317328 1609631859 5024459455 3469083026
4252230825 3344685035 2619811881 7101000313
7838752886 5875332083 8142061717 7669147303
5982534904 2875546873 1159562863 8823537875
9375195778 1857780532 1712268066 1300192787
6611195909 2164201989 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「ぎゃああああああ!!!!数が・・・数がぁぁあ!!」

 

「な、何をしたの・・・?長瀬くん?」

 

「簡単だよ・・・アイツの思考に円周率を叩き込んでやったのさ・・・。」

 

「え、円周率ぅ〜?」

 

「πは無限だからね・・・・永久に数字の迷宮を彷徨い続けるから

 ・・・もうアイツは二度と出てくる事はないだろう。」

 

「・・・・ふ・・・ふふふ・・・あははは!ホント・・・貴方って人は!」

 

「ちょっと・・・可哀想だったかな・・・ハハハハ。」

 

月島はしばらく悲鳴を上げてのた打ち回っていた。

 

「いやぁああ!!日々是決戦!!吉野の(爆)古典ッ!

 π、牌、スーチーパイッ!ツモツモ天国南2局ッ!?・・・・ガクリ。」

 

またも意味不明な叫び声を上げた後・・・今度こそ動かなくなった。

 

「・・・ほ、本当に拓也は大丈夫なの・・・?」 (汗)

 

「大丈夫だよ。自我を支配していたのは奴(フェイク)だ。

 そのまま崩壊して、オリジナルの人格は解放されるはずだ・・・・多分。」

 

「た、多分って・・・・。」

 

ピクリ・・・

その時、太田さんが抱きかかえていた瑠璃子さんの瞼が動いた。

 

「う・・・ん・・・。」

 

「気が付いたかい?瑠璃子さん・・・。」

 

「な・・・がせ・・・ちゃん?」

 

「あぁ・・・俺だよ。」

 

「よか・・・た・・・戻って・・来てくれたんだ・・・?」

 

「うん・・・瑠璃子さんのお陰だよ・・・ありがとう・・・。」

 

「立てる?瑠璃子?」

 

「・・・うん。」

 

グイッ

 

「ッとと!あら?」

 

「おっと!大丈夫か?」

 

トスン。

二人してその場で尻餅をつきそうになったので、慌てて俺が駆け寄って支えてあげた。

 

「ッ!・・・香奈子ちゃん・・・まさか・・・・?」

 

「ふふ・・・瑠璃子って・・・こんなに重たかったのね・・・・

 もう私は瑠璃子を持ち上げる事が出来ないくらい非力になっちゃった。」

 

「いや、普通持ち上げれないから。」 (汗)

 

瑠璃子さんは何とか立ち上がると、ヨロヨロと沙織ちゃんの傍まで行って腰を下ろした。

 

「新城・・・・さん・・・。」

 

自分の服を強く握りしめながら、瑠璃子さんが震えた声で沙織ちゃんの名を口にする。

 

「大丈夫だ・・・・俺が・・・・必ず助ける。」

 

そう言いながら瑠璃子さんの肩に手をかけると、ポロリと涙をこぼした瑠璃子さんは

コクンと小さく頷くと一歩後ろに下がった。

俺は沙織ちゃんに歩みよると、一呼吸おいて

 

「・・・・ヨッ!」

 

彼女を抱きかかえると、2、3歩ヨロヨロと動いた後

 

「さ、とりあえず下の様子を見に行かないか?藍原さんが心配だし。」

 

「え、えぇ・・・。」

 

太田さんはスタジオ内で横たわっている月島や生徒会員をチラリと見た。

 

「彼らなら、大丈夫だよ・・・後で救急車を呼ぶから。」

 

「・・・・・そうよね・・・ごめんなさい。」

 

電力が戻ったエレベーターで下へ降り、駐車場へ出ると

すぐさま藍原さん達がこちらへ歩みよって来た。

 

「み、みなさん!無事でしたか!!」

 

「瑞穂・・・よかった・・・無事だったのね。」

 

太田さんが安堵の表情を浮かべる。

 

「えぇ。この人達のお陰です。この人達が沢山守ってくれました。」

 

そう言う藍原さんの背後を見ると・・・親衛隊の方々が

フーフーと鼻息荒く佇んでいた。

 

『全ては、我が天照大身神で在らせられる

 藍原瑞穂様の御加護があったからこそですッ!』

『オールウェイズ瑞穂サイコーッ!!』

『瑞穂様、バンザーイッ!!』

『『『『バンザーイッ!!』』』』

『バンザーイッ!!』

『『『『バンザーイッ!!』』』』

 

「も、もう、やめて下さい〜!!」

 

慌てて親衛隊達を鎮めようとする藍原さんを俺はからかった。

 

「ハハハ、大人気だね。藍原さん。」

 

「も、もう!・・・そんな事言う人、嫌いです。」

 

「うぐぅ。

 と、兎に角、怪我してる人も多いようだし・・・早く病院へ連れていかないと。」

 

これだけの大人数だ。救急車に来てもらうにしても何往復もかかるだろう。

 

『あれ・・・・?ここ、何処だよ!?』

『あたし・・・一体何してたの?』

 

生徒会員の中には、比較的軽症で意識が戻った人達がざわざわと起き始めていた。

ベンチに寝かせた沙織ちゃんに、破けた上着をかけてあげていると、

 

「とりあえず、救急車を呼んできます。」

 

藍原さんが駐車場の端の電話ボックスを指さした。

 

「え?なんで?携帯を使えばいいじゃないか。」

 

「無理なのよ・・・貴方の毒電波の影響で携帯の調子がまだ直らないの。」

 

そう言って太田さんが自分の携帯の液晶を俺に見せた。

 

「・・・・あ、ほんとだ・・・圏外になってる。」

 

「すごい威力ね・・・貴方の電波は・・・。」

 

「俺自身も驚いてる・・・出来ればもう使いたくないよ・・・。」

 

「・・・・長瀬ちゃん。」

 

向こうの電話ボックスから出てきた藍原さんが、俺達に向かって手を振った。

 

「長瀬さぁーん!あと10分くらいで救急車が来るそうです!」

 

「ありがとう!・・・・しかし、こんな大事になって、一体どう説明しようか?」

 

「あら?貴方の電波でちょちょいと誤魔化せばいいじゃないの。」

 

太田さんが悪戯ッポイ視線を投げかけてニヤリとする。

 

「ゲッ・・・・俺、悪者じゃん・・・。」

 

「折角の能力ですもの♪有効活用しないと。おーほほほ!」

 

「クスクス・・・香奈子ちゃん、元に戻っても相変わらずだね。」

 

「る、瑠璃子!どういう意味よそれぇ!」

 

「ハハハハハハッ!!」

 

「エヘヘヘ。」

 

「もう!・・・フフッ。」

 

バラバラバラバラバラバラバラバラッ!!

 

!?

 

「な、なんだぁッ!?」

 

「えッ!?ちょ、ちょっと何よコレッ!?」

 

「きゃぁ!」

 

突風と閃光が容赦なく俺たちに降り注がれる。

バラバラバラバラバラバラ!

突如現れたヘリコプターが轟音を上げつつ駐車場に着陸を始めたのだ。

ヒュンヒュンヒュンヒュン・・・・・。

ガラララッ!

分厚い鉄の扉がひらかれると、見覚えのある長いストレートヘアーの

女の子が軽快に降り立つ・・・・

タタタッ!!

ドンッ!

 

「あららッ!?」

 

途中ダイナミックに太田さんを押し退けると、その少女は一路俺の胸元へ・・・・。

ギュゥッ!!

 

「裕介ッ!!」

 

「み、美里ッ!?」

 

「ちょッ!?な、長瀬くん。何よこの女はッ!!

 私を突き飛ばしたわよ!わ・た・し・を!」 ムキーッ

 

慌てふためく俺を他所に、太田さんは突き飛ばされた事に対して怒りを露にする。

 

「え?え??なんで美里が・・・!?」

 

現状を把握しきれない俺は急いで思考を張り巡らせようとする。

その直後―

 

「探したよ、裕介。」

 

聞き覚えのある声を聞いて改めてヘリを見上げると、

ステップからスラリとした長身の男が降り立っていた。

 

「た・・・・達樹・・・!?」

 

ようやく美里が俺から離れると、

自慢の長髪をかきあげながら達樹の横に並ぶ。

 

「裕介、消息を掴むの本当に苦労したよ。」

 

達樹は苦笑しながら、俺の前へ歩みよって来る。

 

「な、なんで君達がここに・・・!?」

 

「おいおい。決まってるだろう?お前を連れ戻しに来たんじゃないか。」

 

ボカッ!

 

「痛てッ!」

 

突然美里に頭を叩かれる。

 

「な、何すんだよ!」

 

「もうバカッ!裕介、ホントに心配したのよ!

 いきなり学校に来なくなっちゃうんだからぁ・・・・・。」

 

泣きそうな顔の美里を見て、思わず俺の方が罪悪感に囚われてしまった。

 

「いや・・・それは・・・その・・・ごめん・・・・。」 (ボソ

 

「さぁ、一緒に帰ろう。お前はこんなところで燻っている人間じゃないはずだろ?」

 

ッ!!

 

「な、何言ってんだよ・・・もう知ってるだろ?

 俺は・・・その・・・・もう戸塚の生徒じゃあ・・・。」

 

「フッ。その事なら心配ない。お前は来週から晴れてまた戸塚の生徒だ。」

 

「戸塚に戻れるんだよ♪裕介ッ。」

 

「・・・・・・え?」

 

戸塚に・・・戻れる・・・だって?

 

 

See you on the other side