欲望と闇が蠢く街、東京、新宿歌舞伎町。 一年ほど前、火災事件で大きな問題になった、ビルと言えない位に騒然とした雑居ビル郡は、未だそのご ちゃごちゃとした怪しさを失わず、この街の空気を演出している。 そんな街の中心からは少し離れたところにある、小さな雑居ビルの一つの二階に、そのうらびれた探偵事 務所はある。 京都から出て来た二人の漢が運営する、その大して流行っていないその事務所の中で、一人の男が日も 高々と昇っている時間だというのに、静かに惰眠を貪っていた。 「う〜ん……雪希たん……はぁはぁ……」 事務所の中央に置かれた、古びたソファーの上で毛布に包まって眠る漢――年の頃は20そこそこ、細身 で中性的な顔立ちをした中々の漢前――は、そんないかにも超人じみた寝言を呟きながら、幸せそう に夢の中に居た。 がちゃり と、事務所のドアが開き、一人の漢――こちらは少しワイルドでダンディな感じの青年――が事務所の中 に入って来て、ソファの上の漢の姿を見ると、「はぁ〜」とあからさまに大きなため息を付いた。 「まったく……」 漢は呆れたように呟くと、つかつかとソファーに歩み寄ると、いきなりそれを『ガンッ!』と蹴り上げた。 「祭りはどこだ!?」 寝ていた漢はいきなりの衝撃に、意味不明な叫びとともに飛び起きた。 一瞬、何が起こったかわからずにあたふたしていたが、横にあって見下ろす漢の姿に気付くと、事態を悟 り、むっとした表情で立ち上がって喰ってかかった行った。 「虎羅、会長!ボキがせっかく、雪希たんとのはっぴ〜な夢を見てたってのに、いきなり 何するんだYO!」 「やかましい!何が雪希たんとはっぴ〜な夢だ!こんな昼間っから、そんな悪魔超人度200%の 夢見て寝言叫んでんじゃねーっ!」 「くっ……だって、ボキ、昨夜は遅かったんだもん!ついつい朝まで『うたわれ』やってて……会 長だって、この間それで徹夜して、昼一日ずっと寝てたことあったじゃないか!」 痛いところ突かれた会長は、ごほんと軽く咳払いして、話を逸らしてしまった。 「……まあ、それはさておき……」 「置くなYO!」 「置けばんだよ!大体、こんなことしてる場合じゃないんだ!ときめきよ、仕事だ、仕事!依頼人を連れ てきたんだよ!」 それまでは納得していない表情だったときめきは、『依頼人』という言葉に、瞬時に表情を変えた。 「……まぢで?」 「ああ、まぢだ。今すぐ連れて来るから、さっさと事務所の中片付けておいてくれよ」 会長はそう言い残すと、依頼人を迎えに行く為に、さっさと事務所を出て行った。 「依頼人……5ヶ月ぶりの依頼人…… ヤホーイ、キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!! 」 微妙に2ch的な喜びの声を上げながら、ときめきは散らかった室内を、大慌てで片付け始 めた―― 書いた奴 『真人間』(爆)Y2y 「こちらが依頼人の……」 「金マロと申す」 「……弥生です、探偵さん、よろしくお願いします」 「こちらこそよろしく……ほう、お二人とも京都の方ですか。いや、私たちも都出身なんですよ、奇遇で すなあ」 対面のソファーに座った、中年の男と青年から差し出された名刺を受け取ってちらっと見ながら、営業ス マイルを浮かべつつ答えた。 名刺によると、この金マロという男は、京都に本社を持つ、なかなか大手の企業の社長で、弥生という男 はその会社の課長らしい。 少なくとも、こんな場末の探偵事務所に以来を持ち込んでくるような類の人間では無い。 (う〜ん……ボキの勘が、何か『YABAI』ことがあるって訴えてくるなあ〜) ときめきはそんなことは考えながら、隣に座る、この仕事を取って来た相棒の会長に目配せし、『一体どう いう依頼内容なんだYO!』と尋ねた。 それに答えるように、会長は『依頼内容の方を』と、二人の依頼人に促した。 その途端、金マロが目に涙を浮かべて、ぼろぼろと泣き始めた。 「どっ、どうしたんでおじゃるか!?」 いきなりの涙に、ときめきは驚いて叫んだ。 と、突然、金マロがそんなときめきの襟首を掴んで、ぐいっと引き寄せた。 「おぶぁっ!くっ……ぐるし……」 思いっきりチョークを喰らい、苦しそうにするときめきにお構いなく、金マロは叫び出した。 「娘を……私の可愛い姫を救い出してくだされーっ! あーっ!」 金マロは泣き叫びながら、捕まえたときめきをぶんぶんと揺さぶって叫び続けた。 「救うって……まっ、まずはボキを誰か救って……」 顔を真っ青にしながらかろうじて呟くときめきの言葉に、いきなりの金マロの暴走で固まってしまってい た弥生と会長があわてて止めに入った。 「しゃっ、社長落ち着いてください」 「とっ、ときめき、無事か!?ぐわっ、かっ、完全に白め向いてやがる……おい、目を覚ませ!」 「姫〜!姫〜!あーっ!」 「社長、焦っても始まりませんから!とにかく落ち着いてくださ〜い!」 それから十分ほどが過ぎ、ようやく少し落ち着いてシクシクと泣きながら黙った金マロに代わり、弥生が 事態の詳しいことを、辛うじて死の淵から蘇ったときめきと会長に話した。 「……と、こういうわけなんです」 「なるほど……そういうわけでおじゃるか……」 ときめきは絞められた首を痛そうに抑えながら珈琲を啜り、今の話を自分の中で要約していた。 京都から仕事の商談と、ついでに東京観光を兼ねて、金マロは娘の姫と、部下の弥生を連れてこちらに出 て来た。 そして昨日、男二人は商談に、姫は一人で買い物に新宿まで行ったのだが、いつまでたっても帰ってこず、 今朝になって泊まってるホテルに脅迫状が届いた。 ありきたりな文面で、『娘は預かった。金をよこせ。逆らったり警察に知らせたら殺す』というものだった らしい。 見知らぬ土地でこんなトラブルに巻き込まれ、一体どうすればいいか?と途方にくれていた所で、偶然こ の探偵事務所『魂血苦笑。』の宣伝ビラを見て、藁にもすがる思いで尋ねて来た。 こういうことらしい。 「ふ〜む……」 「引き受けて頂けるでしょうか?」 難しい顔をしているときめきに、弥生が少し不安そうに尋ねた。 だが、ときめきはそんな弥生の問い掛けには答えず、『ちょっと……』と、会長の腕を掴み、事務所の隅へ と引っ張って行った。 (なっ、なんだよ、ときめき!) (虎羅!何だよじゃないわい!なんだよ、この依頼は!?) (なんだよって……おいしい仕事だぞ、なんて言ったって相手は社長だからな、払いはいいはずだぞ) (そう言う問題じゃないだろ!どんな事件かわかってるのかYO!?誘拐だぞ、誘拐!) 小声ながら、ときめきは会長の耳元で切羽詰まった声で叫んだ。 今までときめきたちが扱ってきた事件は、やれ『いなくなったペットを探して』だとか、『亭主の浮気 調査して』だとか、『クラナドがいつ発売か調べて!』などの、まあある意味平和な(?) ものばかりだった。 ドラマや小説の探偵のように、危険な事件を扱った経験などなかったのだ。 (誘拐って言ったら、刑事事件じゃないかYO!下手したら、ボキたちも殺されちゃうかもしれないじゃ ん!そんなの、マロは絶対に嫌でおじゃるよ!マロは、雪希たんと琴音たんと秋葉たんと エイエソの世界に旅立つまで死ぬわけには……) (やかましい!生活かかってんだ、我慢しろ!いいか、ときめきよ、今、俺たちの財政はUFJやみず ほ銀行よりもでんじゃら〜す、日本国家並みに破滅直前、風前のともし火なんだぞ!ここで この依頼を蹴っちまったら、もう年を越すことも出来なきゃ、冬の超人祭もお預けだし、都でまった りと年越しすんのも無理だぞ!) (くぅ……そっ、そりは……) (その点、この依頼を無事にこなせば、ウハウハだぞ、おい。冬の超人祭りは漢買いし放題、 アキバで超人ゲーム買い放題でまた積みゲー増えていやん! さらに年末年始は都でのんびりって幸せな毎日が待ってるぞ〜!) (うううっ……) ときめきは、誘拐事件にかかわる恐ろしさと、漢の本懐を遂げられる甘い誘惑に、ひたすら悩む のだった―― 「で、結局引き受けちゃうボキの漢っぷりが、何故か悲しい」 「いいからとっとと行くぞ、ときめき!」 寂しげに呟くときめきの背後から、会長が急かすように言った。 「お願いします、どうか姫さんを……」 「あ〜っ、はいはい、マロに任せとくでおじゃる!」 ときめきはやけっぱちで答えながら、人ごみで賑わう歌舞伎町を一人先に歩いて行った。 結局、魂血苦笑。探偵事務所が今までに受けてきた依頼の報酬とは桁が違う額の報酬の前に、 ときめきはきけんに目をつぶり、この依頼を受けることを承諾したのだった。 (く〜っ……怖いのは嫌でおじゃるけど、今月末に出る、雪希たんの豪華1/ 1スケールフィギュアのためには……仕方無いのでおじゃる〜!) ときめきは心の中で血の涙を流しながら、気の進まない仕事に対してのテンションを、どうにか上げよう としていた。 とりあえず、ショックでパニック状態な父親の金マロ氏を、休養と犯人からの連絡待ちのための待機要員 として一人先にホテルへ返し、ときめきは会長と弥生を引き連れ、さらわれた姫こと綾部嬢を探す手がかり を捜し求め、犯行の現場になったであろう新宿の町を、情報を求めて探し回っているのだった。 「けど……情報を探すって言っても……手掛かりがこの写真一枚じゃ、さすがのボキも苦労するぜ」 ときめきは頭をぽりぽりと掻きながら、懐のポケットから出した被害者の織部姫の写真を取り出して見つ めた。 そこに移っている女性は、20歳前後、黒髪の美しい、今時トキ並みに絶滅の危機に瀕している 『大和撫子』と言う言葉がぴったりと会う雰囲気の美しい女性だった。 (う〜ん、これだけ美人だと、発作的にさらっちゃう奴も多そうだなあ。まあ、ボキは雪希たんと琴音た んと秋葉たんにしか興味無いけど♪) ときめきは写真を見つめながら、そんな王道的超人思考を浮かべていた。 と、そんなときめきの思考をお見通しの会長が、そんなときめきの目を覚まさせるように背中をどんっと どついた。 「おい、ときめき!また『雪希たんハァハァ』みたいなこと考えてるんじゃねえだろうな?」 「うっ……ボッ、ボキはそんなこと考えてないよ!真面目に汚死事のことを考えてるよ」 ときめきは説得力の欠片も無い棒読み口調で、会長にそう言った。 「あの……本当に頼みますよ、探偵さんたち。お嬢様が無事に帰ってこなければ私は……」 そんなときめきたちの様子に不安を感じまくっているのか、弥生が少し切羽詰った表情で、改めて訴えか けてきた。 あまりに真剣な弥生の様子に、二人は大慌てで取り繕うように言い始めた。 「だっ、大丈夫ですよ!こいつ、こう普段はいかにもはっちゃけて超人じみた漢に見えますけ ど、やるときは本当にやる奴なんで!」 「そっ、その通り!まあ、ボキに全てを任せておけば、こんな事件、『はじるす』コンプリートす るより簡単に解決で来ちゃいますから♪」 「はっ、はあ……」 そんな言葉に、弥生はあまり納得できない様子だが、それでも無理やり納得しようと自分に言い聞かせる ように頷いた。 と、そんな弥生に、今度は逆にときめきが少し不思議そうに尋ねた。 「ところで……こう言う風に言っちゃあれだけど、弥生さん、あなた、随分熱心ですな。被害者はあくま で社長の娘さんで、直接貴方に関係ある人でもないでしょうに」 そのときめきの疑問に、弥生はすぐに『ああ』と頷いて答えた。 「実は……お嬢さんは、私の……フィアンセなんです……」 それを聞いた途端、ときめきと会長は全てを察し、『ああ……』と、声にならない声を漏らした。 「……年明けに結婚式の予定でして……多分、お嬢様は、新居用の家具とか……新しい洋服とか ……そう言った、花嫁道具みたいなものを一人で選びに来てたんだと思います。……くっ、僕が一人で生 かせなければ……こんなことには……」 弥生は苦悶の表情で、搾り出すような声で呟いていた。 「まっ、まあ……元気を出して……なっ、何とか俺たちが探しますから」 「そうそう!ボキたちに任せて……そう言えば、聞きそびれてたけど、犯人からの電話で、何かわかった こととかなかったの?何でも良いんだけど……何か手がかりになりそうなこと」 場の空気を変えようと、ときめきがふと思いついた質問を口にした。 そんな質問に、弥生はしばし顎に手を当ててなにやら考え込んでから、ゆっくりと喋り始めた。 「そうですね……受話器の向こうから、結構人の声……と言うか、こういう街のざわめきみたいなのが聞 こえてきてたんで、多分、繁華街だと……あと、犯人の声は……二人。どっちも若い男の声みたいでした」 そう語った弥生の言葉に、ときめきと会長は揃って腕を組んで『ふむぅ』と考え込み始めた。 「なるほど……繁華街にアジトがあるとすると……この歌舞伎町の可能性も十分あるよな」 「犯人は若い男二人……う〜ん、まだまだ情報が足りないでおじゃるが……やっぱり、少しここで情報収 集に努めた方が良さそうでおじゃるな……」 と、ときめきが呟いたときだった。 「おや、ときめきさんに会長さん、こんなところで揃ってどうしました?」 と、突然二人に声をかけてくる者が居た。 「うん?って、おや……おまわりさんたちじゃないですか」 振り返ったときめきは、そこに立つ二人の制服姿の警官を見て、表情をさっと『ぎくっ!』変えた。 「どうしたんですか、こんな街の真ん中でぼーっと突っ立って。もしかして、また何か仕事ですか?」 そんなときめきの様子などお構いなく、もう一人の警官がにっこりと声をかけてきた。 この二人の警官――星元とDは、歌舞伎町交番勤務の警官であり、歌舞伎町を根城にしているときめきた ちとは商売柄ちょくちょく顔を合わすことがあり、わりと懇意にしている中であった。 普段なら、偶然道端であった知り合いと少しばかりの雑談を楽しむところだが、『警察に連絡したら、娘を 殺す!』と断言されている事件を調査している今は、非常に話しづらい相手だった。 今、何を調べてるか、絶対に二人に感づかれるわけには行かない、なんとか誤魔化さないと…… ときめきは会長と目配せでそう相談しながら、何とか話を上手く誤魔化そうと、喋り始めた。 「ボッ、ボキたちはちょっと買い物だよ、買い物!そこの地下街のまんだらけに、コミクリの新 刊でも買いに行こうかと相談してたんだ。なあ、会長」 「おっ、おう、そうそう!いや、何を買おうかなあって相談してたんだよ。あっ、こっちは俺たちの超人 仲間の弥生さん。よろしくな」 会長もときめきに合わせてそう言い、ぽかーんとしている弥生の肩を叩きながらそう説明した。 そんなときめきたちのあまりに胡散臭い様子に、星元とDはちょっと怪訝そうな表情を浮かべていたが、 まあ元々胡散臭い二人のことだからと、苦笑を浮かべて笑い飛ばすことにした。 「まっ、まあ……人込みの中であんまり突っ立ってるのもあれだから……」 「きっ、気を付けて下さいね。最近は、何だかこの辺りで人さらいも出てるみたいですから」 「「「はっ!?」」」 人さらいと言う言葉に、ときめきたち三人は途端に大きな反応を示した。 「そっ、その人さらいってどんな事件なんだYO!」 ときめきは興奮をあらわに、星元の襟首を掴みつつ、大声で尋ねた。 「ちょ、ちょっと苦しいですよ、ときめきさん!どういう事件って言われても……」 星元はときめきをどうにか引き離そうとしながら、目でDに詳細を説明するように促した。 「えっと……なんか昨日の夕方くらいに、この辺りで女性が車に無理やり連れ込まれてさらわれたってい うタレコミがあったんですよ、うちの方に。けど、目撃者が少ない上に、さらわれたと思われる女性の身元 も未だにさっぱりで……正直、ガセかもって思ってるんですけどね……」 「その事件がどこで起こったとか、もっと詳しい情報は?」 興奮するときめきに代わり、まだ冷静な会長がさらに尋ねたが、Dは首を横に振った。 「いいえ、何にも。ただ、車はワゴン車だったみたいだって話ですけど……まあ、でも本当のところはど うなのか……最近は、AVのゲリラ撮影で、そういうシーンなんかもこの辺りで取ったりしてるみた いですからねえ。とりあえず、放っておくわけには行かないんで、こうして一応調査はしてますけどね」 「そう……か……」 会長は残念そうに頷くと、未だ興奮して星元に掴みかかっているときめきの襟首を掴んで引き離した。 「それじゃあ、俺たちはこれで……まっ、あんたらも頑張れよ」 「ちょ、ちょっと待て会長!」 「いいから行くぞ、ときめき!」 「あっ、待ってください!」 会長はときめきを掴んだまま、ぽかーんとする星元とDを置いたまま、弥生を連れてスタスタとその場を 後にした。 少し離れたところで、ようやく会長は立ち止まり、ときめきを話した。 「げほげほっ!なっ、何するんだよ、会長!ボキをエイエソの世界へ送る気かYO!」 ときめきは少し涙を浮かべながら、会長に喰って掛かった。 「やかましいわい!あれ以上不必要に突っかかってたら、確実にこっちの受けてる依頼内容がバレてただ ろうが!?……とにかく、まあ、おそらく綾部姫のお嬢さんと思われる女性が、さらわれたのは事実らしっ てことはわかったんだから……まあ、一歩前進だな」 会長は少し疲れたようにため息をつきながら、そう呟いた。 「見つけること……出来ますか?」 弥生が、少し不安げな表情で会長に尋ねた。 「……見つけるしかないでしょう。とにかく、情報収集しないとな……警官には話さなくても、同じ 街の住人である俺たちになら話してくれる人間も居るかもしれないし……おい、ときめき、そういうこと だ。俺は弥生さんと探すから、お前は分かれて別々に情報を集めよう!」 会長の呼びかけに、ときめきは『ああ』と頷いた。 「まっ、時間もないし、そうするのが賢明か……で、合流の待ち合わせは?」 「そうだな……夜9時に、ママさんところでどうだ?」 「了解。それじゃあ、ボキは行くぞ。それじゃあ、会長、そっちも頑張れよ!」 「ああ、お前の方こそな!」 二人はそう憎まれ口を言い合うと、それぞれに分かれて、情報収集に乗り出した―― そして夜9時――ときめきと会長、二人の姿は、新宿二丁目の片隅にぽっつりと店を開く、小さなオカマ・ バーのカウンターに会った。 妖艶かつ美しい、二丁目のカリスマオカマ、クリスティーヌ・ママの店、『カオス・ゼネレー ション』。 ここは、ときめきたちの行きつけの店である。 「あらあら、今日はお二人とも、随分と暗いわねえ〜。何かあったの?」 カウンターに座った二人を見て、クリスティーヌが怪訝そうに声をかけた。 だが、二人はそんなクリスティーヌの問い掛けには答えず、『はぁ』と消沈したため息を漏らすだけだった。 それも無理は無い、一日、足を棒にして二組に分かれて探し回ったのに、結局、何一つ収穫は無かったの だから。 「……会長、弥生さんは?」 「……ああ、ホテルに戻ったよ。金マロさんをあんまり一人にしとくのも不安そうだったしな……」 二人はそういうと、再び『はぁ』とため息をついて黙り込んだ。 そんな二人を見て、クリスティーヌが呆れ顔で声をかけた。 「ちょっとちょっと、二人とも、そんな辛気臭い顔は止めてよね。お店の空気が盛り下がっちゃじゃない の〜!とりあえず、気分直しに何か一杯飲みなさいよ。ほら、何にする?」 「……じゃあ、俺はいつものワイルドターキーWロック」 「じゃ……ボキもいつのもホットチョコレートを」 「……ときめきちゃん、相変わらずバーで頼むようなもんじゃない、SUTEKIな 注文してくれるわねえ……でも、それでも出せちゃううちのお店もSUTEKIよね」 と、クリスティーヌは何気に自画自賛しながら、注文の品を手早く二人の前に出した。 当然だ、何しろ客はこの二人しかおらず、他にやる仕事もなかったのだから。 「ふう〜……沁みるなあ」 「く〜っ……この甘さがボキの傷ついた心を癒してくれる〜」 二人はそれぞれのドリンクを一口含むと、一日の疲れを吐き出すようにしみじみと言った。 二人が落ち着いたところを見計らって、それではと切り出すように、クリスティーヌが話し始めた。 「で、一体何があったのよ?何か仕事がらみみたいだけど……厄介な山なの?良かったら、ママさんに話 して御覧なさいな」 クリスティーヌの言葉に、二人は顔を見合わせて一瞬思案した。 依頼内容を漏らすのは気がとがめるが、このママさんは、新宿の裏の世界に物凄い顔を持つ権力者でもあ る。彼女なら、もしかしたら何か情報を持っているかも?と言う淡い期待があったのだ。 二人は目配せで相談しながら、まあ、このママさんなら情報を漏らすこともないだろうと信用し、全てを 話すことにした―― 「なるほど……誘拐ねえ……貴方たちも、随分と大きなヤマに首を突っ込んだのねえ」 全てを聞いたクリスティーヌは『あらあら』と、まるで某最萌の未亡人のように顎に手を当てて首をかし げながら呟いた。 「どうだい、ママ。何か、聞いてる?」 ときめきが、淡い期待を胸にクリスティーヌにそう問いかけた。 だが、そんな期待もむなしく、クリスティーヌは申し訳なさそうに首を横に振った。 「ごめんなさい。今のところ、警察が聞いている以上のことは、ママさんの耳にも入って来てないわ」 その返事を聞き、ときめきと会長はそろってガクッと首を落とした。 「駄目か……ママさんでも……」 「こっ、これで最後の望みもついえたでおじゃる……」 見ていて気の毒になるくらい落ち込む二人を見て、クリスティーヌは何か良い案はないかと考え始めた。 と、少しして、クリスティーヌは突然『そうだわ!』とばかりに手を打ち鳴らして叫んだ。 「どっ、どうしたんだよ、ママ!」 ときめきは、いきなりのクリスティーヌの叫び声に、口からホットチョコレートを吹き出しながら慌てて 言った。 「もう、吹かないでよ、ときめきちゃん!漢が吹き出していいのは、下のものから 出す白いもんだけよ!」 「いや、ママ、そんな微妙なパチキン発言はいいから、何なんですか?」 会長が苦笑いを浮かべながら、クリスティーヌをそう促した。 「もう、会長ちゃんも冷たいわねえ〜。まあとにかく話すけど……その代わり……」 「その代わり?」 「ときめきちゃんと会長ちゃんが、一晩、ママさんに付き合ってく れれ……」 「「絶対に嫌だ!」」 声をぴったり揃えて、街中に響き渡るような大声で叫んだときめきと会長に、クリスティーヌは床にへた り込んでシクシクと泣き始めた。 「ううっ、何もそんなに声を揃えて言わなくても……」 「やかましい!ボキは雪希たんと琴音たんと秋葉たんにしか身体を許さないんだい!」 「俺も、漢として、オカマに身体は許したくね〜っ!とにかく、別の条件にしてください!」 「う〜っ、わかったわよ、まあ……それじゃあ、今までに溜まってるツケ、今回の仕事の報酬が入ったら、 全部払ってよね。それでいいわ」 「まあ……それなら」 「だなあ。どっちにしても払わなきゃいかんし……」 今度のクリスティーヌの提案には、二人は素直に首を縦に振った。 「OK!それじゃあ、ちょっと待っててね♪」 そう言うと、クリスティーヌは懐から携帯を取り出し、何処かへ電話をかけ始めた。 「……あっ、もしもし?うん、私よ、私♪えっとねえ、吟ちゃんの力を借りたいのよ〜。そう、それで、 これからうちのお店に来てくれる?……うん、大丈夫?わかった、じゃあ待ってるわ」 クリスティーヌはそう言って電話を切ると、ときめきたちににっこりと微笑んだ。 「OKよ。すぐ来るって♪」 「来るって……誰がですか?」 会長が怪訝そうに尋ねた。 「えへへっ、貴方たちに救いの手を差し伸べてくれる子よ♪まあ、待ってなさいな♪」 ママさんはそう言って、詳しくは話してくれず、ときめきたちは言われるまま、飲みながらひたすら待つ しかなかった。 そして、電話から15分ほどが過ぎたころ、問題の人物が『カオス・ゼネレーション』に姿を現した。 「ちゃお〜、ママさん♪」 「あはっ♪いらっしゃ〜い、吟砂ちゃん♪」 クリスティーヌは、ドアを開けて入ってきた人物に、笑顔で手を上げた。 だが、ときめきと会長は、その人物を見て、一瞬で固まってしまっていた。 その人物は、全身を所謂『ゴスロリ』服で固めた、なんと言うか……細身で女性っぽい 顔をした、いかにもオカルトチックなムードを漂わせる、一見胡散臭いと感じる姿だったのだ。 「あの……ママさん、こちらは?」 ときめきが何とか項直を解きながら振り返り、クリスティーヌに尋ねた。 「彼は吟砂ちゃんって言って、今、歌舞伎町で一番人気で実力もある占い師さんよ♪」 「うっ、占い師〜!?」 クリスティーヌの返事に、会長がそう叫んだ。 「そうですよ〜。吟砂はちょっと腐痛より超人じみたパワーのある、逝かした 占い師さんですよ〜」 吟砂はにっこりと微笑みながら、『やっだ〜もう♪』と言う感じで手を振っていて、それがますますと きめきと会長の顔から血の気を引かせた。 「ママ……もしかして、『占い』でボキたちの仕事の情報を……?」 「うん、そうよ♪」 恐る恐る尋ねるときめきに、クリスティーヌはあっけなく頷いた。 「あっ、あのねえ、ママさん!そんな占いなんかで!?」 会長が血相を変えて叫んだときだった。 「おやおや、私の力を信用してないんですか〜?失礼DEATHね〜」 と、いつの間にかときめきの隣の椅子に腰掛けた吟砂が、心外そうに言いながら、懐からなにやらカード を取り出した。 「いっ、いや……信用するとか信用しないとかそういう問題じゃ……」 そう呟くときめきを無視し、吟砂はカウンターの上に、カードを並べ始めた。 「まあ当たらぬも八卦、外れるも八卦、とりあえず軽いアドバイス代わりに聞いてみてくださ いよ♪」 「そうよ、そうよ、ときめきちゃん、信じるものは救われるってね♪」 「いや、当たらぬも八卦、外れるも八卦って、どっちにしても駄目じゃん!それに、何故に占いに使う カードが、『Leaf fight』なのかがわからない!?」 ときめきはカウンターに並べられた超人アイテムを見下ろしつつ、頭痛を感じ始めた頭を抱えながら 叫んだ。 「あはは〜っ、なんて言ったって、吟砂は超人占い師DEATHから〜」 吟砂はそう言いながら、一人さくさくと占いを続けているようだ。 ときめきと会長はそれを見ながら、諦めて頭を抱えた。 まあ、占ってもらったところで害は無いし、こうなったら好きにさせようと決めたのだった。 そんな投げやりな視線の中、吟砂はなにやら呪文らしきものを唱え始めた。 「メヒキツメヒキツ……ァハァハンタンレ……」 微妙に超人の香りが漂う呪文を唱えながら、吟砂はカウンター一面に並んだカードの中から、 三枚を選んでめくった。 「ふむふむ……と『志保』と『大志』と『千鶴』かあ……」 「どういう意味なの、吟砂ちゃん?」 出たカードを見つめて呟く吟砂に、クリスティーヌが興味深げに尋ねた。 「これは……『獅子身中の虫に気をつけろ』ですね……」 「獅子身中の虫?」 その言葉に、今まで投げやりだったときめきが、ふと表情を真面目なものに変えて尋ねた。 「ええ。つまり、味方だと思っている人間の中に、裏切り者が居るってことですね」 「味方の中に裏切り者……」 ときめきはそう呟きながら、その言葉を何度も頭の中で反芻した―― 「おい、ときめき、どうする、明日から?」 店を出て家路に着く途中、会長がそうときめきに尋ねた。 ときめきは占いの結果を聞いたときからずっと、何かを思案しているように黙り込んだままだったのだ。 「ああ……ボキにちょっと考えがあるんだ」 「考え……?」 いぶかしげに呟く会長に、ときめきはにやりと笑みを浮かべて答えた。 「ああ。どうせアテも無いんだし……一か八か、占いにかけてみるのもいいかにゃあと思ってね」 ――ときめきがそんなことを呟いた翌日の昼。 ここ、歌舞伎町の外れにある、完全に死角になって人目につかないところにある小さな廃ビルの地下室で、 一人の女性が縛り上げられ、苦悶の声を上げていた。 「ううっ……誰か……誰か助けて……」 悲しげに小さな声を上げるこの女性こそ、さらわれた綾部姫その人であった。 と、その部屋に、二人の漢が姿を現した。 「おい、お姫さんよ、あんまり騒ぐんじゃねえよ!いくら地下室って言っても、そう騒がれちゃ、人に気 付かれちまうかもしれないからな!」 若い、いかにも元ヤンっぽい怖いイメージの漢が、手に持っていた金属バットでコンクリ 剥き出しの壁を『ガツンッ!』と激しく叩きながら、涙ぐむ綾部姫を脅すように叫んだ。 「おい、広瀬、まあ落ち着けよ。大切な金のなる木を、早々脅えさせるんじゃねえ」 と、もう一人の、こっちはどこと無くインテリヤクザっぽい、冷酷そうな目つきをした漢が、広瀬と 呼ばれた若い男を制した。 「はっ、はい、Y2yさん、すいません」 謝る広瀬の方をぽんっと叩きながら、Y2yは綾部姫の下へ歩み寄って行った。 「ちっ、近付かないで下さい!このケダモノ!」 「おやおや、口が悪いお嬢さんだなあ、ケダモノなんて、人に言っちゃいけませんよ?」 Y2yは嫌みったらしい笑みを浮かべて言いながら、縛られて転がる綾部姫の肩をぽんぽんっと叩いた。 「はっ、早く私を返してください!きっとパパが心配していますから!」 綾部姫は、脅える心を懸命に堪えながら、悲痛な叫びを上げた。 そんな必死の訴えも、Y2yと広瀬は意地悪い笑みを流してしまった。 「まあ、返してはあげますよ。貴方の『パパ』が、ちゃんと我々の要求どおりのお金を振り込んでくれた らねえ」 「そうそう、約束どおり、サツにチクったりしないで、たんまり身代金渡してくれたらな」 綾部姫の悲痛な叫びに、Y2yと広瀬は嫌味な笑みでそう答えた。 その表情を見る限り、二人の『身代金さえ払えば云々』という言葉など、とても信用できなかった。 「ああっ、誰か……誰か……助けて……」 綾部姫は涙を浮かべつつ、救いを求める呟きを発した。 と、その声が天に届いたのか、部屋の入り口に、人影が現れた。 その人影を見て、綾部姫は喜びの笑みを顔一杯に浮かべて叫んだ。 「弥生様!」 「……やあ、姫ちゃん」 そう、そこに現れたのは、綾部姫のフィアンセである弥生、その人だったのだ。 これで助かる、綾部姫はそんな希望を胸いっぱいに膨らませてさらに叫んだ。 「弥生様!この二人が私をいきなりさらって……ああ、助けて!」 綾部姫はそう言うと一刻も早く束縛から逃れようと、じたばたと暴れ始めた。 しかし、そんな綾部姫に、弥生は冷たい笑みを浮かべるだけだった。 「弥生様……?」 そんな弥生の様子に気付いた綾部姫が、怪訝な様子で呟いた。 すると、弥生は何がおかしいのか、突然クスクスと笑い出した。 「あははっ……姫ちゃん、悪いけど、それは出来ないんだよ」 「えっ……弥生様、何を仰って……」 呆然と呟く綾部姫を尻目に、弥生は手に持っていたコンビニのビニール袋をY2yに手渡した。 「はい、遅くなって悪いけど、ご飯だよ、お兄ちゃん」 「ああ、ありがとう、Brother」 「……えっ?」 その二人のやり取りを聞き、綾部姫の表情は凍りついた。 そんな綾部姫の反応を見て、三人の男たちは『はははっ!』と大笑いし始めた。 「はははっ!姫ちゃん、紹介が遅れたね。この人は僕のお兄ちゃんなんだよ!」 弥生はY2yの肩を抱きながら、面白そうに笑いつつ叫んだ。 「えっ……そっ……まさか……」 綾部姫はあまりの事態を受け入れられずに、絶句してしまった。 「ははっ、まだわからないのかい、お姫様。そう、全ては企みだったのさ!弟があんたのパパの会社に入 ったのも、そしてあんたに近付き、まんまとフィアンセの座に納まったのも、全てはこうしてあんたのパパ から大金を絞りとってやるための巧妙な作戦だったのさ!」 Y2yは、自らの邪悪な企みが全て思い通りに行った満足さからか、今まで以上に邪悪な笑みを浮かべつ つ、高らかに叫んだ。 そう。全てはこの日のための計画だったのだ。 京都でも有数の資産家である金マロ氏の財産を狙ったY2yと弥生兄弟と広瀬は、まずは弥生をスパイと して送り込み、長い時間をかけて信用と綾部姫の愛情をつかみ取り、それを利用して、弥生が『買い物に行 くなら、新宿が一番良いですよ』と綾部姫を誘い出し、そこをY2yたち実行犯がさらう。人が多くても、 それに反比例してあまりに他人に関心の少ない街中だと、逆に犯行が目立つことも無い。 そして、さらに弥生が被害者側を上手くコントロールして真実に近づけないようにする。 実に非道な……碇さん家のゲンドウさんでも考え付かないような作戦であった。 「そっ……そんな……」 綾部姫はフィアンセに裏切られた上に、解放の望みも立たれた二重のショックで、放心してしまっていた。 「ふふふっ、しかし、これほど上手く行くとは思いませんでしたねえ、Y2yさん」 「ああ。これも、みんな上手いことやってくれた弥生のおかげだよ、なあ」 「ははっ、お安い御用さ。事件の捜査も警察や一流どころの探偵じゃなくて、いかにもうだつの上がらな い、三流探偵のところに持っていけたし、今のところ何も情報は出てきてないし……後は金の受け取りを上 手くして、そのまま三人で海外に逃亡だね♪」 「ああ、もっとも、そのまえに、しっかりとアキバで漢買いしてからな!ふふふっ、 初回限定版KanonとAir、ついでにCD版のみずいろもゲットしてやるぜ!」 「はははっ、ついでに中野のブロードウェイ(注;超人街として有名)の、まんだらけにも寄って 逝きたいなあ」 「池袋のKブックスと虎の穴で同人誌買占めもいいかも」 「おっ、そしてその帰りには聖コスプレ学園で遊んで行くってか!?はははっ、最高だ よ!」 あまりに超人な欲望を話し合っている犯人三人を呆然と見詰めながら、綾部姫は絶望を 味わっていた。 「ああ……誰か……誰か……助けて……」 と、そんな綾部姫に、ふと三人の視線が集まった。 「さて……このまままんじりと身代金受け取りまで待つのも暇だなあ」 「確かに……」 「そうだね……ちょっと『遊ぶ』のもいいかもね……ふふっ」 「なっ、何をする気なの!?」 超人炎を目に滾らせる三人を見て、綾部姫は恐怖に凍りついた表情に変わった。 「実は、こんなものがあるんだが」 と、Y2yはいきなり懐から、某Kanon高校の女子制服を取り出した。 「おお!どこにしまってたのか不思議でしょうがないけど、凄いよ、 Y2yさん!」 「はははっ、栞並のポケットだろ?他にも、東鳩の制服も、Airの制服も、 メイド服まで完備だぞ!」 「あはは〜っ!観鈴ちん萌え〜!(;´Д`)」 「お兄ちゃん、あんた、漢だよ!」 次々に四次元ポケットから衣装を取り出すY2yに、二人は歓喜の声を上げ、逆に綾部姫 の表情はどんどん蒼ざめて行った。 「さて……それじゃあ……暇つぶしの着せ替え大会と洒落込みますかな?」 Y2yは、漢笑いを浮かべ、綾部姫ににじり寄り始めた。 「う〜っ、デジカメ買っておいて良かった〜!」 「ふふっ、姫ちゃん、怖がらなくても良いよ〜! 君が感じている恐怖は、精神病疾患の一種だ。俺なら治せる、 俺に任せろ! 俺俺俺俺は青むらさキ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!! 」 「IYAAAA〜!誰か〜!」 姫の最後の絶叫が、ビルに響いたときだった。 ダンッ! 「そこまでだ、このキティガイども〜!」 「神妙にお縄を頂戴しろい!」 ドカッ!バキッ! 「籠をゆずの中に!」 「愛の世代!」 「うじゃば!」 いきなり室内に飛び込んできた二つの影に、三人は悲鳴とともに蹴散らされた。 「あっ、あなた方は……」 綾部姫は、突然飛び込んできた二人の救世主を呆然と見詰めた。 「もう大丈夫だ。後は、ボキに任せなさい!」 「大丈夫かい?今、ほどいたるからな」 「くっ……貴様らは一体」 「いてえ、いてえよY2yさん……」 「おっ、お前たちは……探偵!?」 Y2yと広瀬に続いてようやく立ち上がった弥生は、二人を見て愕然とした。 それは自分が雇った二人、ときめきと会長だったからだ。 「なっ、何故お前らが!?」 呆然とする弥生に、ときめきと会長は( ̄← ̄)ニヤソ と不適な笑みを浮かべた。 「ふふふっ、他に当ても無いから、あの占い師の言葉を信じて『獅子身中の虫』、つまりあんたを 張っていたんだけど……おかげで見事に九連宝燈テンパッたみたいだな!」 「一発ツモだ、シャーコノヤロウ!」 会長は素早く綾部姫の拘束を解くと、部屋の隅に隠れているように促して、犯人たちにファイティングポ ーズを取って、向き合った。 「くっ……ただの無能探偵と思って油断していたのに……」 弥生は自分の読みの甘さに頬を噛みながら苦渋の声を上げた。 「心配するな、Brother!今ここで、この二人をしとめちまえば問題無い!」 「伊達に金属バット振り回してないってこと、見せてやりましょう!」 Y2yと広瀬は諦めるそぶりなど見せずに、各々の獲物を持って、対決の姿勢を見せた。 「ふっ……ボキたちとやろうっていうのかい?面白い!伊達に汚死事で修羅場を乗り越えて来てな いってことを、逆に見せてやるYO!」 「漢たちの熱き闘魂、しかと受け止めやーっ!」 会長のその叫びとともに、激戦が始まった。 「ダッシャーッ!」 「アビバよいとこ一度はおいで!」 会長のナックルパートが、弥生の顔面を砕く! 「おおおっ!ファルコンバースト!」 「静寂騎士!?」 ときめきのこぶしが、広瀬の金属バットごと、その顔面を打ち抜いた。 「さあ、後はお前だけだぞ、おじき!」 ときめきは一人残ったY2y(なぜかおじき呼ばわり)を指差して叫んだ。 「くっ……文字数と時間の都合とはいえ、どいつもこいつも一瞬でやられやがって……」 Y2yはあまりに理不尽な展開に、歯軋りをしながら叫んだ。 「さあ、とっとと諦めてお縄を頂戴しやがれ!」 そう叫ぶと、ときめきはY2yに襲い掛かった。 「くっ!週に5時間以上プロレス見てる(実話)この私を舐めるなーっ! このY2yマニアの大暴走、見せてやる〜!」 Y2yは負けじと己の得意とするプロレス殺法の数々で、迎え撃つ! 「くっ、がんばれ、ときめき!」 会長は一歩退き、脅える綾部姫を守りながら、二人の一進一退の攻防を手に汗を握りながら見守った。 「おらーっ!テキサスのガラガラ蛇と呼ばれた俺を甘く見るなよ〜!」 「雪希たんとの幸せのためにも、ボキは負けるわけには行かないんだYO!」 ドガッ!バギ! 壮絶な乱打戦は、一進一退のまま、終わることが無かった。 と、その時、倒れていた広瀬がよろよろと動き出し、懐から突如拳銃を取り出した。 「くっ……この……これでタマ取ったる〜!」 「いっ、いかん!ときめき!」 ダーンッ 銃声とともに、室内に突如静寂が広がった。 「グハッ……」 ときめきを庇うように仁王立ちになっていた会長が、ゆっくりと崩れ落ちる。 「かっ、会長ーっ!」 ときめきは慌てて会長に駆け寄った。 抱き起こした会長の、丁度左胸の辺りには、広瀬によって放たれた銃弾がめり込んだ後が、くっきりと残 っていた。 「会長ーっ!なんで……なんでこんなバカな真似を!?」 ときめきは、一言も声を発することの無い会長の身体を抱き上げたまま、魂の咆哮を轟かせた。 「へっ、ヒーロー気取りでかっこつけか!どっちにしてもチャンスだ!」 「一気に殺っちまおう、お兄ちゃん!」 「はははっ!後追えや、虎羅♪」 ショックを受けるときめきを見て、チャンスとばかりに悪魔超人三人衆が、一斉に襲い掛かって きた。 「貴様ら……このボキを舐めんなYO〜!会長の仇〜!」 ときめきは立ち上がって叫ぶと、懐から愛用の突撃銃『M−16』を取り出し、悪魔超人どもに 向かってぶっ放した。 ダン!ダン!ダン! 「ゴルゴ!?」 「命!?」 「13日の金曜日!」 三発放たれた弾丸は、悪魔超人三人の眉間を的確に打ち抜き、三人は悲鳴とともにその場に崩れ落ちた。 「はあはあ……かっ、勝った……」 悪魔超人たちの死を確認すると、再び会長に駆け寄った。 「会長、会長!しっかりするでおじゃる!」 「ぐっ……とっ、ときめきよ……犯人どもは……」 辛うじて目を開けた会長が、弱々しい声で尋ねて来た。 「大丈夫、もうHITしたYO!それより、早く病院に……」 慌てて立ち上がろうとするときめきを、会長はその手を掴んで制した。 「いや……もう俺は駄目だ……」 「なっ、何をそんな弱気になってるんだYO!今度のコミケで、月姫本とうたわれ本漢買い するって夢を果たさずに逝っちゃう気か!?」 「ふっ……残念だがな……ああ……最後にもう一度、高級和牛たっぷり使ったSUKI 焼きが食いたかったぜ……」 「そっ、それくらい、ボキがいくらでもご馳走してやるから!?だから、頑張れ!」 「ほっ、本当か……後……お前が書く『うたわれ』SSをもっと読みたかった……ついでに 『ブラッディ・アルバム』も……」 「ううっ!汚、汚死事を投げ打ってでも書くから頑張れYO!……って、うん?」 そこまで言った時、ときめきはようやく違和感に気付いた。 そう。きっちり打ち抜かれたはずの会長の左胸から、何故か血が一滴もこぼれていないのだ。 「ううっ……お前がそう約束してくれると生き延びれる気が……」 苦しげに言う会長を冷淡な目で見つめながら、ときめきは素早く会長の左胸の懐に手を突っ込んだ。 「あっ、虎羅!」 会長が慌てて叫んだときには、ときめきは既にそこに隠されていたものを、手に取ってしまっていた。 「……会長、これは一体何や?」 ときめきは手にしたものを、まるで梢たんとハァハァしようとしていたところに突 然勇次郎に乱入されたバキくんのように、凍り付いた表情をしている会長に突きつけた。 ――銃弾が食い込んだ、琥珀さんフィギュアを。 「いっ、いやあ……まあ……何と言うか……やっぱり、メイドさんは常に傍に居てナン ボやから」 「そういう問題か〜!」 「はははっ、まっ、まあ……俺の漢っぷりが、命を救ったっちゅうこったなあ」 会長は起き上がりながら、気まずそうにポリポリと頭を掻きつつ言った。 「まったく……心配かけやがって……」 ときめきが、呆れながらほっとした表情で呟いたとき、外の方からパトカーのサイレン音が聞こえ始めて きた。 どうやらここに突入する前に呼んでおいた警察が、ようやく到着したようだった―― 数日後。 「ふ〜っ、しかしまあ、やれやれだったでおじゃるなあ」 事務所のソファーに腰掛けて珈琲を啜りながら、ときめきは先日の騒動を思い出し、しみじみと呟いた。 「そうやなあ。まっ、犯人たちはちゃんと警察に引き渡せたし、金マロ社長と綾部姫も無事に京都に帰れ たし、めでたしめでたしだ」 「そうでおじゃるなあ。けど、眉間打ち抜かれても生きてるのが、さすが超人でお じゃったなあ」 「確かに」 ときめきたちはそう言うと、声を揃えて『はははっ!』と笑いあった。 「しかし、まあ、予想以上に報酬もらえたし、後は残り少ない年末、コミケで漢買いして、都に戻ってま ったり過ごせるな」 会長がそう笑顔で呟いたとき、何故かときめきの表情がいきなり曇った。 それにいち早く気付いた会長が、怪訝そうに尋ねた。 「なんだ、どうしたときめき?」 「エッ?ボッ、ボキドウモシテナイヨ」 ときめきは、会長の問い掛けに明らかに『ギクッ!』としながら、まるで量産型HM−12のよう なぎこちない声で答えた。 「どうもしてないわけ無いだろ、一体なにが……」 と、会長が行った時だった。 ピンポーン♪ 「ときめき48000さん、お届けもので〜す!」 ドサドサドサドサ…… 「ありがとうございました〜!」 「おい……ときめき、これはなんだ……」 会長は、宅配が置いていった、山のようなダンボール箱を指差して、こめかみ に青筋立ててときめきに尋ねた。 「いや……ちょ、ちょっと汚金入ったから、この間アキバに、超人ゲームを買い入れに行 ったでおじゃるが……調子に乗って、買い過ぎちゃったでおじゃる♪」 ときめきは作り笑いで、なんとか誤魔化そうと言った。 「あっ、あのなあ!これだけ買って、お前一体いくら使っ……」 ピンポ〜ン♪ 「会長さん、お届け物で〜す」 ドサドサドサドサ…… 「……虎羅、会長、これはなんだよ!」 ときめきは、自らの超人ゲー山の横に新たに誕生した『萌え』フィギュア山を 指差して叫んだ。 「いっ、いや……ちょっと暇つぶしにワンフェス覗いたら……思わずな」 「漢っぷりも大概にするでおじゃる〜!いっ、一体いくらつかったでおじゃるか!?」 「とっ、ときめきだって人のこと言えないやろ〜!」 その後、二人はお互いの全財産を出し合って、テーブルの上に集めた。 「事務所の家賃とか、生活費ぶんを除いて……丁度、30万か。まあ、コミケで漢買いは厳しいけど、ど うにか都に里帰りは出来そうだな」 テーブルの中央に置かれた札束を確認しつつ、会長がほっとため息をついた。 「やれやれでおじゃる……まあ、コミケは、人の根源的生命力を吸い取ら れるし、パスするのも悪くは無いでおじゃるし、まあマロは都に里帰りさえ出来れば……」 と、ときめきが呟いたとき、 ピンポ〜ン♪ と、再びチャイムが鳴り、 「やっほ〜、おこんばんは〜♪」 と、いきなりクリスティーヌが入って来た。 「マッ、ママさん、どっ、どうしたの?」 「いやあねえ、約束したでしょ?報酬が入ったら、今までのツケを払ってもらうって♪ちょっと遅くなっ たけど、集金に来たわよ♪」 クリスティーヌはそう言うと、突然のことで呆気に取られているときめきと会長を尻目に、素早くテーブ ルの上の札束を取り上げた。 「あら、結構稼いだのね。えっと……今までのツケの総額が、税込み29万9879円 だから……あら、ギリギリ足りたわね♪はい、じゃあこれ領収書とおつりね♪それじゃあ、またお店に来て ね〜♪」 クリスティーヌは、ときめきと会長が何かを言うまもなく、札束の代わりに領収書とおつり121円 をテーブルに置くと、そそくさと事務所を出て行った。 残された二人は、テーブルの上に転がる121円を、呆然と見つめるしかなかった。 「会長……これで……缶コーヒーでも買ってこようか?」 「ああ……それ飲みながら……年末年始、二人で積みゲー片付けるか……」 ときめきと会長は、最終回のジョーのような燃え尽きざまで、ぽつりと呟きあった―― 都育ちの漢たちの熱い生き様は……まだ止まらない♪ <FIN> |